1964年、フランス・パリ生まれ。演出家でフランス人の父と女優でポーランド人の母の間に生まれ、12歳で舞台デビュー。フランス国立高等演劇学校に学び、1983年に『Liberty Bell』(未)で映画初出演。『ゴダールのマリア』(85年)、『ランデブー』(85年)を経て、レオス・カッラクス監督の『汚れた血』(86年)で注目を浴び、ダニエル・デイ=ルイスと共演した『存在の耐えられない軽さ』(88年)でアメリカ映画に進出。以後、国際的に活躍し、『トリコロール/青の愛』(93年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞、セザール賞主演女優賞を受賞。96年の『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞助演女優賞に輝く。オムニバス映画『パリ、ジュテーム』(06年)で諏訪敦彦監督、『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』(07年)で台湾のホウ・シャオシェン監督、カンヌ国際映画祭女優賞を受賞した『トスカーナの贋作』(10年)ではイランの故アッバス・キアロスタミ監督、と各国の名匠と組んでいる。昨年は『ゴースト・イン・ザ・シェル』(17年)にも出演。
河瀬直美監督が、自身の生まれ故郷である奈良県の吉野の山を舞台にした『Vision』。997年に1度出現するといわれる幻の薬草を求めて、フランスからやって来た女性エッセイストと山守の男の出会いから始まる物語は、美しい森の中で昨年9月と11月の2回に分けて撮影された。ヒロインのジャンヌを演じたのはジュリエット・ビノシュ。国際的に活躍するオスカー女優が、河瀬監督の才能を信じて、日本での撮影に臨んだ日々、女優として、女性としての生き方について語った。
ビノシュ:面白いなと思ったのは、ジャンヌの方が智に近づいていったこと。智が語った「幸せはそれぞれの心の中にある」という言葉がきっかけね。ジャンヌはその言葉を信じ、幸せを「彼と分かち合いたい」と思った。ただ、彼女は実はいろいろな思いを抱えて日本に来ている事情もあって、心の中に不安もある。智への愛情が、その試練を乗り越えることを可能にしているのかも。ジャンヌは森に恋をしている。彼女にとって智は、ちょっと残酷な言い方だけど、一時しのぎ的な存在なのかもしれない。
ビノシュ:日本の森にやって来た、という事実が大きかったのかも。私は日本に何度も来ているけど、いつもインタヴューを受けたり、時間に追われて過ごさなければならなかった。今回、そういう流れから一旦離れて、自然の中に身を置いた時にすごく感動した。私自身、あの涙には驚いたのよ。なぜ涙が流れたのかは自分でもわからない。森の緑の中に祖先の何かを感じたのかもしれないし……正直、はっきり説明はつかない。ただ、都会に暮らしていると、特に私みたいに飛行機に乗って飛び回るような毎日で、人工的なものに囲まれて生きていると、手つかずの自然に囲まれた時って、やっと息がつける。自分たちのルーツと自然が結びついたようで、癒される感覚がある。
ビノシュ:確かに準備はしたわ。でも、脚本は撮影中にどんどん変わったの。最初はヴィジョンという植物を探すことにフォーカスした物語だった。ジャンヌには、千年に一度姿を表す幻の薬草を絶対に見つけようという強い思いがある。だからこそ「ついにたどり着いた」という万感胸に迫る思いは、演じた時にはあったかも。列車のシーンを撮った時点では、ラストに向けての展開は完成作とは違うものだったし。あの涙にはナオミもびっくりしていたわ。「この涙をどう使ったらいいの?」と思い悩んだかもしれない。そこで、そういう解釈をしたのかもね。私に言わせれば、ヴィジョンを探しに来るという行為そのものが非常に根本的な、人類としてのミッションだという気がしていたの。その後、脚本が変わっていくに従って、それ以外にも深く切実な理由が出てきたのね。
ビノシュ:まず女優として、私も“演技”は好きじゃない。“演じている”という状態を見るのも好きじゃない。ナオミの撮影で面白いのは、いつカットがかかるのかわからないところ。もっと言えば、「アクション!」という声もかけないので、気づいたら撮り始めていて、エンドレスのような感じ。切れ目なく続いていくのが、すごい快感だった。
ただ、24時間役でい続けるというのは無理ね。ずっと役でい続けるかといえば、私は違う。私は母親だから、うちに帰れば子供のご飯を作ったり、世話したり、という日常生活がある。仕事のことを考えながらではあるけどね。女優というのは仕事、職業だから。常に百パーセント役になりきるという人もいるけど、私自身はそうする必要はないと思ってるの。そういえば、だいぶ前のことだけど、ダニエル・デイ=ルイスと電話で話した時、彼はその時演じていた役の訛りでずっと話していた。彼にはそれが必要なのよ。3つもオスカーを獲れたのはそのおかげかもね(笑)!
ビノシュ:そうね。でも、だから彼みたいにたくさん受賞できないのよ(笑)。それは冗談だけど(笑)。話を戻すと、自分と役を近づけることはもちろん必要だけど、なりきるだけではなくて、作り込んで再構築することも大切。それが女優の仕事だと思う。
そして今回一緒に仕事をしてみて、ナオミの撮り方は素晴らしいと思った。撮影現場を外界から閉ざされた繭の中みたいな状況にするの。まるで撮影チームが1つの肉体になったみたいだった。圧倒されたのは、俳優たちの複雑な動きをスタッフたちが追っていく様子。動物的感覚というか、そこに本物の献身がある。真実を捉えようとする彼らの姿には、とても感動したわ。
ビノシュ:私はすごく好奇心旺盛で冒険が大好き。毎日同じことばかりしていると死にそうな気分になってしまうのよ。(そういう状態に陥らないためには、冒険に飛び出す)小さな子どものような気持ちを心の中で大切に育てるのが大事だと思う。男の子だろうと女の子だろうと、未知のものに向かっていく気持ちはとても大切。その未知のものというのは、結局自分自身なのよ。
それから、私にとって大きかったのは母の意見だった。私が女優になると、彼女は「でも、あなたは演出家じゃないわね」と言った。そういう人なのよ。「女優? でも踊れないじゃない」と言われて、私はダンスを始め、「歌わないでしょ?」と言われて、歌うようになった。彼女に「できないでしょ?」と言われたことに挑戦し続けてきたような部分があるの。でも、絵は小さな時から描いているから、それだけは母の影響じゃないわね(笑)。
ビノシュ:ええ。
ビノシュ:私が死んだ後の未来についてならば、私の子どもたちのことを考えるわ。私との死別を彼らがどうやって乗り越えるか。(少し考えてから)しっかり生きてほしいと思う(少し涙ぐむ)。女優としては……それは次々に代わりが出てくるから、私なんてすぐに忘れられちゃうわ(笑)。そういうものよ。俳優って、生きている時は意味のある存在なの。見てくれる人の感覚を呼び覚まし、感動してもらうことや考えさせること、それが私たちの大切な役目。でも、そのあとはおしまい。打ち寄せては引く波みたいなものね。文学や絵画は違うかも。後世に残るものだわ。
ビノシュ:どうかしら? それはこの先、時が教えてくれるわね(笑)。
(text:冨永由紀/photo:Fred Meylan / H&K)
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