1950年3月18日生まれ、愛知県出身。1979年、藤田敏八監督の『もっとしなやかに もっとしたたかに』で映画初主演。ドラマ『宮本武蔵』(84年)や『男女7人夏物語』(86年)などに出演し、映画『海と毒薬』(86年)で毎日映画コンクール男優主演賞受賞。『千利休 本覺坊遺文』(89年)で日本アカデミー主演男優賞、『棒の悲しみ』(94年)ではブルーリボン賞など9つの主演男優賞を受賞。2001年に『少女〜AN ADOLESCENT』で映画監督デビューし、監督第3作『長い散歩』(06年)は第30回モントリオール世界映画祭グランプリ受賞。現在も映画、ドラマ、舞台で活躍を続け、昨年は『散り椿』に出演。蜷川実花監督作品で7月公開の『Diner ダイナー』にも出演。
沖縄の一部離島に今も残る「洗骨」という風習。一度葬った死者の骨を、時を経た後に縁深い者たちが洗いうことで、死者はこの世に別れを告げる。この風習をモチーフに、沖縄出身の照屋年之(ガレッジセール・ゴリ)監督が撮った『洗骨』。愛する人の葬儀から洗骨までの家族の時の流れの中で、生命のバトンタッチと喪失からの再生を物語るヒューマンドラマで、妻を亡くして悲嘆にくれる主人公・信綱を演じた奥田瑛二に話を聞いた。
奥田:オファーをいただいて、監督がゴリさんだというんで、「ああ、じゃあ、大丈夫だな」と思いました。ショートフィルムをたくさん撮っていらして、それで賞も取っているし。ひょっとしたらお笑いだけじゃなく、こっちのほうにもともとは来たかった人なのかと思ってね。
これは会って話をしないといけないな、と喫茶店で落ち合って「なぜ僕ですか」と聞いたんです。聞かれた方はドキッとするんだろうなと思って。すると普通に「奥田さんの目ですよ」と言われて。目を言われると、役者は断る理由ないんです。「その瞳の奥にある目がいいんです」と言われて、よく見抜いているなと。
昨今、テンション強い役が多かったですから、30年ぶりぐらいに「こういう男をやるんだな」と思って引き受けて。そこからですよね、七転八倒するのは(笑)。
奥田:まずは、その男になるためにはどうしたらいいんだろう、と。衣装合わせをやりながら最初に言ったのが、「かみさんの顔を早く知りたい」。かみさんが亡くなって、生きる糧をなくしている男ですからね。(妻を演じた筒井真理子の)写真を見せていただいて、その人とどうやって生きてきたのかを全部シミュレーションしてました。大変だった思い出も、楽しかった思い出も、やっぱり捨てられない男っていうのかな。そして沖縄の離島に身を置く男、ということです。あとは照屋さんが自分でオリジナルを書いているわけで、一番分かっていますからね。じゃあ体ごと預けてしまうか、と。彼がポイントを言ってくれるんで、二人三脚でやってこれたと思います。
自分で役を演じているという気持ちは全くなくて。自分でもある種、夢遊病者みたいな感じでしたね。変な集中力だとかそういうものが一切なくて、いい緊張感と信頼感で自然とそこにいました。
全部を受けて立つんじゃなくて、受けているという。それぞれのキャラクターの人が何か仕掛けてくればそのまま受けているという、あの役のままですよね。1ヵ月ちょっと、あっという間に過ぎていきましたね。
奥田:そうですね。まあ、仕事が終わって酒を何杯か飲むと「奥田くん」が出てくるんですけど(笑)。それまでは、このままでしたね(笑)。
奥田:知りませんでした、全く。自分で考えたのは魂との関わりというか、人が持つべき魂との関わりの儀式だなと思って。それで実際に自分の手で洗ったりするのを全部映したドキュメンタリーも、私物のものでしたが、見せていただいて。びっくりはしなかったです。「そういうことか」って。世界の中にはいろんな葬式や儀式があるわけですから。僕も世界30ヵ国ぐらい行っているんだけど、そういう普通じゃない葬儀も見ていますから。これも魂との関わりの一つだな、と。素晴らしい儀式だなと思いました。
死者との別れっていうのは、自分が受け入れることだからね。そういう意味で、4、5年経ってからの「洗骨」というのは、ちょっと違うわけですよね。もう1回、対峙せざるを得ない。人それぞれ、関係性の中の感情が違うわけじゃないですか。葬儀というものと、死者と関係のあった者と「別れる」ということを、もう一度考えさせてくれる映画ですよね。
奥田:そうですね。あそこはね、本当ににじみ出る。優しさと、全ての思い出も、いいことも悪いことも、全部何ものかの実態のないものに溶け込んでいくという一体化した、言ってみれば菩薩の空間みたいな。
「え?」って言われるかもしれないけど、僕は、洗骨の儀式が茶道の作法に通じる感じがして。茶室でね。あんな炎天下なのに、そんな気持ちになって。お茶をたててている時も、宇宙と和、自分との一体感を体感するんですけれども、似ている気がして。そのとき、お茶の映画(『千利休 本覺坊遺文』)の主演を演じておいて良かったなと思ったんです。
しゃれこうべを大切にグッと抱えながらも、それを泰然として膝の上に置いて。(洗骨する場に向かう時)あの世とこの世を分ける地点で、正座をする。それで見えない線を踏まないように行くという。自然と出てきたことだったんですよね。
奥田:何ていうのかな。よどみがないというか、迷わない。迷わなくて、的確に指示が出せるし、無駄がない。現場のスタッフを掌握する力というのかな、引っ張っていく力があって。俳優はそれに乗っかるわけですけども、なかなかだなと思いました。もう1日、2日で、全部任せましたね。
だから、早く映画監督1本にならないかなと思っていて(笑)。
奥田:本人もそう言っていますよね。そこのセンス、微妙な間とか、それに関してはやっぱり普通の監督が持っていないもの。だから、役者がやって面白いことを「やってください」ってやるんじゃなくて、「そこはこれぐらいで」というのが分かっている人だから。お笑いがありながらも、シリアスな部分と両方いけるというのはなかなかですよね。
奥田:やはり日本人というか、沖縄は琉球ですから、琉球民族と言っても過言じゃないですけど。日本と琉球が通じ合えるもの、琉球の時代から培ってきたものが現代にもあるんだということですね。合体したものが普遍的に美しいし、続く。その魅力が外国の人には、日本の文化の独特なものとして、受け入れられたんじゃないかなと思いますね。それがやっぱり日本映画として成立していることの魅力だし、それが外国には素直に受け入れられるんじゃないかな。
(text:冨永由紀/photo:中村好伸)
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