『移動都市/モータル・エンジン』製作・脚本 ピーター・ジャクソン インタビュー

最終戦争後の世界観と過酷な階級社会について語る

#ピーター・ジャクソン

いい悪役というものは、自分が正しいことをしていると信じ切っている

『ロード・オブ・ザ・リング』、『ホビット』3部作のピーター・ジャクソンが製作・脚本を手がけた冒険物語『移動都市/モータル・エンジン』。イギリス作家フィリップ・リーヴの小説「移動都市」をもとにした壮大なSFファンタジー映画が、3月1日より公開される。

最終戦争後の荒廃した世界を舞台に、弱肉強食の巨大移動都市“ロンドン”を支配する主導者と、彼に母親を殺された少女との闘いを描いた本作について、ジャクソンに語ってもらった。

──フィリップ・リーヴの原作のどんな部分に惹かれ、映画を作ろうと思ったのですか?

ジャクソン:シリーズの中の4冊だけを読んだんだ。2006年のことだよ。その時は単に楽しむために読んでいたんだ。ある人に「いい本だから、読んだほうがいい」と勧められてね。
 “移動都市”シリーズはいろいろなところで評判になっていた。“都市を喰う都市の物語”さ。だけど、とりあえず4冊を読んで分かることは、これは人物重視の作品ということだ。(主人公の)ヘスター・ショウと(ロンドンに反旗を翻す)トム(・ナッツワーシー)の人生の物語だよ。物語が進むにつれ、さまざまな登場人物たちとの出会いがあり、驚きの展開が待っている。
 とにかくあの4冊の本は本当にすばらしかった。私は心からそう思ったんだよ。ちなみに、今回の映画が描いているのは、この4冊のうちの最初の1冊目(※)だけなんだ。
(※『移動都市』シリーズは2006年に刊行された4巻で完結、他4冊は前日譚など。日本版は本編の全4巻で、第4巻のみ上下巻構成で刊行されている)

──具体的に、どんな世界観ですか?

NYコミコン2018のパネルディスカッションに参加したピーター・ジャクソン(左)とスティーヴン・ラング(右)

ジャクソン:今から何百年も経った世界の物語だ。まず、60分戦争という、とても不幸な戦争があった。まあ、“60分戦争”なんていう名前のすばらしい出来事があるわけがないよね。実に悪い響きのある言葉だ。この戦争のせいで世界はすっかり荒廃してしまった。
 実は、その戦争はちょうど今くらいの時期に起きたという設定だよ。それこそ、次の水曜か木曜のあたりにね。そのおかげでこの世のあらゆるものが崩壊しているんだが、本作の目的は“黙示録後の世界”を描くことがじゃない。原作の内容も、そういう物語ではなかった。
物語の中では、60分戦争からすでに長い時が経ち、その間に再建が進んでいるという設定だが、元あった世界とはかなり違った世界になっているんだ。社会もだいぶ形を変えてしまったが、社会としての機能は保っている。
耐えられないほどの不快な世界でもないよ。私自身は住んでみてもいいかなと思っている。なんとか暮らせそうな気がするんだ。
 もしこの社会が今のような形ではなく、違う形になったら、と考えるのは楽しいことだよ。

──本作に出てくる巨大移動都市ロンドンは、過酷なまでの階級社会ですね。

『移動都市/モータル・エンジン』
(C)Universal Pictures

ジャクソン:つまり、現代のロンドンと同じということだ。

──主人公たちと敵対する人物たちが興味深いですね。さまざまな顔を持つ複雑な悪役で、本当にすばらしい。もちろん、演じている俳優もすばらしいです。

ジャクソン:ヒューゴ・ウィーヴィングのことだね。そのとおりだ。(ヒューゴ・ウィーヴィング演じるサディアス・ヴァレンタインは)非常に興味深い役だよ。いい悪役というものは、自分が正しいことをしていると信じ切っているものだ。
 逆に映画の中で最悪の悪役というのは、いかにも悪役っぽい悪役だ。「さあ目が覚めた、今日も何か悪いことをしてやるぞ、だって俺様は悪い奴だからな。どんな悪いことをしてやったら、悪役らしいかな」などと考えているように見えてはダメだ。ヴァレンタインはそんな人物ではない。自分のやることに絶対の自信を持っている。自分の判断に絶対の自信を持っているし、正しい根拠があると確信している。
 論理的で、実践的な理由に基づいた判断なんだ。だから私にとって彼は悪役じゃない。彼は……ヴァレンタインのせいで物語は暗く残酷な方向へと進んでいくが、彼自身は常に正しいことをしていると信じているし、だからこそ興味深い悪役になり得たんだ。私にとっては悪役というより“詐欺師”の役柄かな。

──あなたはこの映画の監督をクリスチャン・リヴァーズに任せたわけですが、なぜご自身で監督しなかったのですか? また、彼の仕事を見て、どう思いますか?

『移動都市/モータル・エンジン』
(C)Universal Pictures

ジャクソン:クリスチャンは、「もし私が監督だったらあんな映画は撮れなかったな」と心から思えるような作品を作ってくれた。つ私はプロデューサーとして、この作品に誇りに持っているし、ある程度は映画作りに関わったといえる。いろんな人たちとコラボレーションしたんだ。
 (制作については)私が毎日現場に通って見守るようなことはしなかった。私が手伝ったのは裏方の仕事であり、プロデューサーとしての仕事をした。監督を悩ませるいろいろな問題を解決するのがプロデューサーの仕事だ。その結果、本作は落ち着いて純粋に楽しんで見ることができたんだ。なかなか得がたい体験だった。本作を非常に誇らしく思っているよ。
 クリスチャンはこれまで、私の映画のストーリーボードを描いてきたんだ。彼は、まだ17歳の頃、学校を出てすぐに始めたんだよ。彼にとって生まれて初めての仕事が、(ジャクソン監督の初期作品)『ブレインデッド』(92年)のストーリーボードを描く仕事なんだよ。もう26〜27年前のことだ。あの作品以来、私の映画のストーリーボードはほとんど彼に担当してもらっていた。
 それから彼は“プレビズ”映像を担当するようになった。つまりストーリーボードを電子化したような映像、“プレビジュアライゼーション”さ。そして視覚効果を手がけるようになり、『キング・コング』(05年)では視覚効果を担当してアカデミー賞視覚効果賞を獲った。
『ホビット』シリーズでも手伝ってもらった。あれは彼が視覚効果を手がけて5年半ほど経った頃で、セカンドユニットの仕事をずいぶん任せたよ。あの樽のチェイスシーンもそうだ。シリーズ2作目の『ホビット 竜に奪われた王国』(13年)、3作目の『ホビット 決戦のゆくえ』(14年)の、ホビットたちが樽に乗って川下りをするシーンだよ。あのシーンはほとんどクリスチャンがやってくれたんだ。もちろんそれだけじゃなくて、ほかにもたくさんのシーンを担当しているよ。だから、今回も監督を彼に任せるという判断は、決して難しいものではなかった。
単に「誰か若手の監督にやらせよう」とか、「新人を起用して、私らがサポートしよう」とか、そういうつもりだったわけじゃない。この選択にはまったく悩まなかったし、クリスチャンは『ホビット』でいい仕事をたくさんしてくれていて、長編映画を任せるべき時期にきていた。そこで「長編映画があるんだが、やってみないか?  君ならしっかりできるはずだ」とクリスチャンに声をかけてみたんだよ。実に自然な流れだったね。

ピーター・ジャクソン
ピーター・ジャクソン
Peter Jackson

1961年10月31日生まれ、ニュージーランド出身。子どもの頃から短編映画を作るなど映画に親しむ。イブニング・ポスト社で写真技術見習いをしている時に「指輪物語」に魅了され、これを基にした『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(01年、02年、03年)を手がけ、アカデミー賞監督賞・脚色賞を受賞、世界的監督となる。その他、『乙女の祈り』(94年)、『キング・コング』(05年)、『ラブリーボーン』(09年)、『ホビット』シリーズ(12年、13年、14年)などを監督。『第9地区』(09年)では製作を務めヒットさせた。