1974年12月17日生まれ、北海道出身。1995年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活動。若松監督の『明日なき街角』(97年)や『完全なる飼育 赤い殺意』(04年)などで助監督を務めたほか、犬童一心監督、行定勲監督の作品にも参加。2010年、『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編映画監督デビュー。同作で共同脚本を務めた橋泉と再び組んだ『凶悪』(13年)は新藤兼人賞2013金賞、第37回日本アカデミー賞で優秀作品賞、同優秀監督賞など映画賞を多数受賞。その他、『日本で一番悪い奴ら』(16年)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17年)『孤狼の血』(18年)、『麻雀放浪記2020』(19年)など多数手がける。『ひとよ』(19年)が秋に公開予定。
人生につまずき、堕ちていった男の喪失と再生を描く『凪待ち』。ギャンブルに依存し、周囲も自分も傷つけ、現実から逃げようとする男を演じるのは、笑顔と元気がトレードマークのような香取慎吾だ。お茶の間が慣れ親しんだアイドルの今まで見せたことのない表情を引き出したのは、『麻雀放浪記2020』など話題作、問題作を次々発表している白石和彌監督。会心の作を生み出した2つの才能に話を聞いた。
香取:ないです。僕は監督のことを知らないまま、『日本で一番悪い奴ら』は見ていました。綾野剛さんが番組にゲストで来てくれた時に見たんです。でも当時は監督の作品という認識はなく。白石監督とご一緒できると聞いて『凶悪』を見て、ヤバい監督だなと(笑)。「今日会える」という日に映画館で『孤狼の血』を見て、もうどんな怖い監督かと思ったら、会った瞬間に「いつの日か、香取さんとやりたかった」と、まず最初に言ってくれたので、気持ちもほぐれました。僕が見させていただいた作品は、自分にはない部分の映画だったんです。これを作った方が、僕と仕事をしたいと言ってくれている。この始まり方って、何かいい化学反応が起きるんじゃないか、とその瞬間に思えました。
香取:いや、ないですね、それは。(白石監督に)いくつなんですか、監督は?
白石:74年生まれです。
香取:稲垣と同じ年かな。
白石:草さんと一緒ですね。
香取:ええ!? ……僕はあんまり年齢を気にしないのかな。三谷(幸喜)さんとか阪本(順治)監督と同じように「監督」としか思っていなかったから。年齢が近いから、というところは今まで考えたことなかったです。
白石:もちろんスーパーアイドルという認識がまずあって。世代で言うとやっぱり、ずっと僕たちは香取さんたちを通していろんなことを見させてもらったり、経験させてもらったという感じなので。ただ、アーティストとしての側面も香取さんの場合はあったので、エンターティナーと同時に作り手にちょっと近い方だろうなという印象は、ずっとありました。ただ、実際仕事してみて衝撃的でした。カメラと被写体である自分の関係性とかいろんなことが、今まで仕事をしたどの方よりもわかってるので、僕自身もある意味ラクでした。いろいろインスパイアを与えてくださる方です。トップアイドルであると同時に、日本のトップの俳優であったということです。
香取:あまり今までは見せることができなかったけど、やっぱり僕の中にも「逃げる」部分とか「苦悩」だとか「つらい」部分があります。生きていると誰にでもあると思うんですけど。そこが人一倍多い役で、そこでつながっているなという感じはありました。
白石:イメージしている部分と、していない部分はあります。そういう意味で言うと、今まで見てきた「陰と陽」でいうところの「陽」じゃない部分の香取さんをメインにしていきたいという思いがありました。ただ、ギャンブルの話は、脚本の加藤さんがどうしても入れたいという点で。それは全然、当て書きなわけがないんで(笑)。ただ、この「郁男」という、堕ちていく男を香取さんがやったら絶対面白くなると、化学反応は絶対起こるとは思っていました。
香取:役作りっていうのは、あんまり僕はよくわからなくて。その場その場で監督に言われたこと、その日撮るシーンを理解して演じていました。「逃げる」という部分では、役作りとまた逆で、自分で演じながらも「駄目な奴だな」という気持ちをグッと抑える作業のほうが大きかったかもしれない。そっちの感情がシーンに映ったら駄目じゃないですか。そっちを押し殺して、本番で監督のOKが出た瞬間に、「本当にひどい、こいつ」とやっと言えるっていう感じでした。
白石:むしろその連続です。脚本では1行ぐらいしか書いてないんだけど「これ、いっぱい撮ったほうが絶対面白いな」って思い始めちゃったりとか。でも「それはできません」「なんでそうなるんですか」とか絶対ないんです。「わかりました」と必ず言って、超面白くして返してくれる。瞬時にやってくれることがだんだん気持ちよくなってきちゃって。
香取:いやあ、別にないですね。根本的に「監督」ですから。監督が言ったことは全部やりますよね。自分がそういうタイプじゃないからだけど、「これ、できない」というのは、僕は今までも一切ないですね。「できない」とか言う人のほうが、僕は大変だろうなと思う。
白石:もう、いっぱいいます(笑)。
香取:いやあ、いっぱいいます。けど、僕は時間も全く気にならないです。いくら文句を言おうと、撮り終わらなければ終わらないじゃないですか(笑)。
白石:殺人事件の現場に行って、お花とか置いてあって。どうしようもなくなって、本当は供えるために持ってきた酒を飲み始める。正面から撮ったあの表情、ああいうのは説明してもできないんですよね。もう一番ゾクゾクしました。これから大変な嵐が訪れるな、と。『凪待ち』というタイトルですが、やっぱり彼の心は本当に荒くれ立っているんだろうなというのが伝わってくる。もちろんアクションシーンもその都度びっくりするんですけど、ああいう表情を出してくれたときが、一番見ていてザワザワしましたよね。
香取:僕も、あそこで飲み始めるという監督の演出は、しびれましたね。「そこ、飲み始める」と言われたときは、たまらない。あそこは飲んじゃ駄目ですよね。だけど、飲んじゃうこの悲しさもあるんだけど。
白石:うまい酒じゃないんだろうね、ぬるいだろうし。
香取:そうなんですよ。だから、あの表情を作ってくれたのは、監督があそこで「飲んじゃう」と言ったことによって作ってくれたんだと思います。すごい覚えてます、そこは。
香取:そうですね……。しょうがないじゃないですか、スケジュールだから(笑)。でも、最初の自転車で競輪場に向かうシーンを撮ったのが、後の郁男になった日々を過ごしてからだったのは、絶対良かったなと思いますね。あんな風になっていく郁男を知らないでのスタートとでは、やっぱり違ったかな。
白石:僕も「社会派」とか言われている一方で、東日本の震災には向き合えてなかったこと、震災直後にいろんな人がドキュメンタリーを撮りに行きましたが、時間が経つと、もう誰も撮ってなかったりとか。そういうことについて、ずっと思いがあって。多少の義援金とかボランティアもしましたけど、香取さんたちがやっていたこと、見せてくれた風景は大きかったです。それがあったので、香取さんにやっていただけるんだったら、このタイミングで向き合えることができるんじゃないか、と。逆にその覚悟を後押ししてくれた感じが、勝手な僕の思いですけど、ありました。
香取:最初はちょっとプレッシャーもあったんです。「新たな道を歩み始めての一歩めの映画」、大丈夫かなと思っちゃってたのが、それまでの僕とちょっと違っちゃってたな、と思ってます。最終的に、監督の作品に出演できたことがすごくうれしい、と思える状態に今はなれたから良かったです。
香取:最初は、今言ったような気負いもあり、そこに被災地が入ってくることについて「大丈夫なのかな」「エンターテインメントにしていいものなのか」と思った部分もあったんです。でも実際に撮影で石巻にずっといたら、映画の撮影が行われて、この街の今が映画として残ることを本当に喜んでくださる方がたくさんいらっしゃったんです。実際に僕も「忘れてはいけないことだ」と言いながら、ニュースで見る時間もどんどん減っていって。その中で、東日本大震災の話をまた改めてする時間が、この映画によって持てたのはいいことだなと思っています。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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