1972年10月5日生まれ、イギリスのロンドン出身。オックスフォード大学卒業後、1992年に短編映画『Painted Faces』で演出家デビュー。テレビドラマ『エリザベス1世 〜愛と陰謀の王宮〜』(05年)でプライムタイム・エミー賞監督賞を受賞。『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』(04年)で映画監督としてデビューし、『英国王のスピーチ』(10年)でアカデミー賞監督賞を受賞。その他、『レ・ミゼラブル』(12年)、『リリーのすべて』(15年)を監督。
アカデミー賞受賞作の『英国王のスピーチ』や『リリーのすべて』を手がけ、『レ・ミゼラブル』ではハリウッドのオールスター・キャストが実際に歌って演じる手法を取り入れたトム・フーパー監督の新作は、世界三大ミュージカルの1つに数えられる「キャッツ」の実写映画化。今回も幅広いジャンルからキャストを集め、最新の技術を導入した大胆な映像について、チャリティ試写会に出席された天皇ご一家との交流について、来日した監督に話を聞いた。
監督:ロンドンのソーホー地区(劇場や映画館が多い繁華街)を『レ・ミゼラブル』で組んだキャメロン・マッキントッシュ(ミュージカルの名プロデューサー)と歩いてる時に、『キャッツ』の話をしたのが最初です。『レ・ミゼラブル』で初めてミュージカル映画を撮り、いろんなことを学んだので、それを生かす機会がないのは残念だと思っていました。現場で実際に歌って、それを撮影して、という形のミュージカルにいろんな可能性を感じているんです。
監督:今のテレビドラマや映画はちょっと型にはまっているというか、ある種のリアリズムをロックインしているように感じます。「お行儀がいい」と言われましたが、もしかしたらそれに近いのかもしれない。映画と向き合った時に監督として、ある作法みたいなものをどうしても取り入れてしまうところがあるんです。それがミュージカルだと、いろんな境界を自由に越えていける。そこがすごく面白いと思っています。特に『キャッツ』の場合、世界で最も人気あるミュージカルの1本です。私自身、子どもの時に初演を見て大好きな作品です。その初めての映画化を僕が手がけることができたのはうれしい。
90年代半ばにスティーヴン・スピルバーグが映画化権を取りましたが、実現しなかった。もしかしたら、猫の造形の表現が当時は難しかったのかもしれない。でも、今の新しいテクノロジーがあれば、VFXを駆使して新しい扉を開けるんじゃないかと思いました。キャットヒューマンなのか、ヒューマンキャットなのか分からないけれど、キャラクターに息を吹き込めないかという好奇心が合わさっての選択でした。そうすれば、舞台とはまた違う、映画の観客と演劇を超えたマジカルな体験を分かち合えるんじゃないかと考えたんです。
監督:そうです。歌も同時、ダンスも同時でした。
監督:まさにフランチェスカはとてもいい例ですが、ほかのキャストについても、それぞれの分野で有名になった以外の才能を引き出すことができるのは、監督として、とてもワクワクします。フランチェスカは人前で歌ったことはなかったでしょう……シャワーの中ではあるかもしれないけれど(笑)。バレエダンサーとして、身体を通して表現したことがあっても、カメラの前で台詞を言って演技したのは初めてでした。もともと素敵な声でしたが、歌のためにかなり特訓して、さらに磨いてくれたんです。演技に関しては、最初から素晴らしかった。カメラを引き付けてしまう力を持っています。演じ方を本能的に分かっていた。偉大なるジュディ・デンチやイアン・マッケランに全く引けを取らない力を、全くトレーニングなしで彼女が持っているということに驚嘆しました。
彼らの最も魅力的な側面は、カメラを向けた一瞬しか見えないものだったりします。たとえば、本人と直接会っても、それは出てこない。でも、カメラを向けた一瞬だけ、それを私たちは見ることができる。そういう、とてもパワフルなものを彼女は持っているんです。彼女と仕事をして、たくさんのことを教わりました。特に身体を通して、これだけ表現できるんだということ。数秒のセリフと歌以外は、俳優にとってはサイレントの映画に出ているも同然なわけですが、本当に身体を通して、いろんなことを表現している。撮影中の彼女は常に猫に見えました。普通の役者たちは、何もしていない時は結構、体の動きが硬いので、現場ではみんながフランチェスカのことを「ベストキャット」と呼んでいました(笑)。
ほかにもロイヤル・バレエ団のスティーヴン・マックレー(スキンブルシャンクス役)も歌いながら、あれだけ演技ができる。ポップスターのテイラー・スウィフトもです。イドリス・エルバも歌ったり、踊ったり……そういう才能を発見できるのも大変な喜びだし、それを皆に見てもらえるのも素晴らしいことだと思っているんです。
監督:『キャッツ』の場合、実はどこに舞台を設定するのかが大きな挑戦でした。ステージの場合はごみ置き場1ヵ所で、全てが展開するけれど、映画なので、空間や様々な場所を入れてみたい。舞踏会が行われるエジプシャン・シアターも必要不可欠。そこでなるべく長いシークエンスを撮りたいというふうには考えていたけれども、ということで、ちょっとピカレスク・ロマン風に、主人公がロンドンでいろんな猫に出会いながら、旅をしていく形にしました。物語自体が旅なんです。中世の演劇のように旅の中で出会う、それぞれのキャラクターが人間それぞれの側面であったりを見せてくれる。
そして、舞台はやっぱり観客に向けて全てが表現されますが、映画の場合、全部カメラに向かって、というのは無理ですよね。なので、今回はヴィクトリアという脇役のキャラクターをヒロインに据えて、彼女の視点から観客に感じてもらうことで映画的な作品にすることができたと考えています。1人のキャラを通して、ストーリーを体現してもらう。観客と同じように彼女は混乱していて、でも、この世界に魅了されていく。メディアとして、映画はより壮大なものを見せることはできますが、同時にフォーカスが単一なものになりがちでもある。それはカメラというものを通して、物語が展開するからなんです。その映画的なストーリーテリングにおいて、敢えて1人のキャラクターの視点を通して、物語を伝えようと思いました。また、演劇や映画の中心地だった場所への愛情もあるので、ロンドンへのラブレターという側面もあります。
監督:大変光栄でした。上映後、「ワンダフル、とても楽しかった」と繰り返しておっしゃってくださいました。皇后さまも愛子さまも同じようにおっしゃっていたそうです。
ほかにもいろいろなお話をしました。『キャッツ』の原作はT・S・エリオットの詩集ですが、エリオットも陛下と同じオックスフォードのカレッジで学んだことや、私もオックスフォードでT・S・エリオットについて卒論を書いたこと。陛下はオックスフォードでテムズ川の水上交通について研究されていましたが、テムズ川は『キャッツ』でも重要な役を果たしていること……T・S・エリオットの代表作「荒地」でもメタファーとして使われていたりするんです。
『レ・ミゼラブル』で来日したとき、当時皇太子だった陛下が上映に来てくださって、その後に著書「テムズとともに」の英訳を送ってくださいましたが、その感想を伝える機会がなかったので、そのお話もしたり、皇后さまもオックスフォード出身でいらっしゃるので、大学について話が弾みました。
そして、とても感動したのはご家族でいらしてくださったことです。私としては、今まで手がけたどの映画よりも、これは家族で見てほしい作品なのです。なので、ご家族で見てくださったことは何よりも嬉しかったです。
(text:冨永由紀/Photo:Kazuhiko Okuno)
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