『窮鼠はチーズの夢を見る』原作者・水城せとなインタビュー
発表から16年、読み継がれる名作コミックが大倉忠義×成田凌で映画化
BL誌からオファーがあっても「窮鼠」は描かなかったと思う
「失恋ショコラティエ」などの人気コミックを手がける水城せとな原作による「窮鼠はチーズの夢を見る」。第1話が掲載された2004年から数えると16年も経ちながら、いまだに新規ファンも獲得して読み継がれる名作コミックが、その続編の「俎上の鯉は二度跳ねる」と合わせて『ナラタージュ』などの行定勲監督により実写映画化された。
サラリーマンの大伴恭一と、大学の後輩だった今ヶ瀬渉の恋愛を描いた狂おしくも切ないラブストーリーだ。映画では受け身的な恋愛を繰り返してきた優柔不断な恭一役を関ジャニ∞の大倉忠義が演じ、苦しいほどに恭一を慕う今ヶ瀬役を成田凌が扮している。
原作者の水城に原作コミックへの思いや執筆の苦労、映画版の印象などを語ってもらった。
水城:(実写化の話は)今までも何件かありましたが、断っていました。生身の人間よりも美化する方向では撮って欲しくないのですが、企画書の段階で美化するんだろうなと感じるものが多くて。とくに今ヶ瀬をどれだけ美化するんだ?っていうような(笑)。今回の行定監督の作品で、やっと生身の人間として撮ってくれそうな企画が来たと思ったので前向きな返事をしました。
水城:生々しい人間の生き様が切り取られていました。今ヶ瀬も美化されていないゲイの男の子でした。恭一さんも「こういう人いるよね」っていう雰囲気が出てました。男性監督が撮られたからかと思いますが、特定の客層だけに向けた作り方ではなく、誰が見てもそれぞれの視点で見られる良い映画になっていて良かったです。
水城:はい、そうです。私にとっては大事なことでした。
水城:私は同性愛者の方が出てくる話を描きました。人によってBLの定義は変わってくると思いますが、私はBLは“萌え”を求める女性に向けて作られたファンタジーだと思っています。“地雷”と言われてしまう描いちゃいけない要素があって、ファンサービスを第一に考えなくちゃいけないジャンルだと。「窮鼠」のように女性との恋愛やベッドシーンが出てくるもの自体まず求められてないですし、BL誌からオファーがあっても「窮鼠」は描かなかったと思いますね。
水城:私の投稿作品を見て漫画家デビューに繋げてくれた編集の方がレディースコミック誌に移動されてから、偶然お会いしたときに「描きませんか?」と声をかけてくれたのがきっかけです。1話目は官能特集の読み切りでとにかく濡れ場を入れなきゃいけなかった。でも、いきなり2人がしちゃうのは違うと思ったので、エロは何らかの形で入れるからということで、この1話で2人がしちゃうのは許してもらいました。2話目も読み切りで続きを描いていいということで話をもらったんですが、また2人はやってなくて。担当編集さんに突っ込まれたんですが、いやいやまだでしょって言ってました。なかなかやらないからエロいんじゃないですか!って(笑)。
水城:そうですねぇ、最初はたった一作の読み切りで始まった作品だったのに。本当にありがたいです。
水城:ありがとうございます、私にとっても特別です。転機になった作品でもあります。それまでは中高生向けの少女漫画誌からお仕事を頂いていたのですが、「10代の主人公・10代の読者さんに楽しんでもらえるもの」という枠が私の描きたいものを描くには難しかったのかもしれません。この「窮鼠」で主人公を30代にすると、ストレスなくすごく楽に描けたんです。 あ、大人目線の世界はこんなに描きやすいのか、と気づかせてくれました。映画化するにあたっては、主人公をちゃんと30代に見える人にして欲しいということをお願いしました。30才の一般の方と30才の芸能人の方ではまったく雰囲気が違うじゃないですか。人によっては学生役もいけるぐらいだったりして。恭一さん役の方は、実年齢が10才ぐらい上でもいいから30代に見える方を、と。
水城:大倉さんは誰が見てもイケメンだし、見る前は大丈夫かな?と思っていました。恭一さんはモテる人だけど、現実にいがちなモテ男であってキラキラ王子様ではないので。でも、作品を見るといい意味で枯れている感じがして良かった、と安心しました。
水城:そうなんです。「窮鼠」はアラサーからの話だし、個人的に男性の魅力は枯れ始めてから出てくると思っているので。今ヶ瀬を演じてくれた成田さんも、キレイなだけの作り物じゃなくて良かったです。美化されたキャラクターじゃなく、リアルな生身感のあるゲイの男の子って感じがしました。
水城:音が印象的でした。漫画では文字で書くことはできるけど、音が出るわけではないから。音も含めて全部あるのがリアルで、生々しさを感じました。
水城:ええ、行定監督は濡れ場もしっかり描く方なので今回も描かれるだろうなと思ってました。でも、濡れ場って映画でたくさん描かれてますけれど、リアルな音まで入っているのって少ないんじゃないかなと思います。
水城:そもそもセックスなんて滑稽なものですよ。
水城:それは念頭に置いて描いてました。描いていて楽しかったですね。会話劇を突き詰めてみようと思ったんです。1ページにだいたいこのくらいのセリフ量が読みやすいといったセオリーがあるにはあるんですが、モノローグも含めてこの作品はとことん言葉を書いてみようと思ってチャレンジしました。他にも初期の段階で決まっていたのは、大まかなあらすじとラストは決まっていて単行本2冊ほどの長さになるだろうと思っていました。
水城:はい、そうです。あのラスト以降のことを私は一度も考えたことがないです。「俎上の鯉は二度跳ねる」の本編の後にある今ヶ瀬と夏生が登場するミニ漫画が時系列としては一番最後です。
水城:あれは本編の最後から2~3週間後ぐらいの話かな。ミニ漫画の方が後の話です。それ以降のことは考えたことがないし、彼らは別れてしまったのか、一緒にいるのか知らないです。ただ、別れたからといって彼らの恋愛が無意味だったとは思いません。
水城:はい、そうですよ(笑)。この2人の問題はヘテロとゲイであることにあるわけじゃなく、恭一さんは現実的な人付き合いをする人で、今ヶ瀬は今目の前にある恋愛の盛り上がりに中毒になっている人で、その2人の間にあるミゾが問題なんですよね。恭一さんはいい歳なんだしもういい加減に落ち着こうとしてるけど、今ヶ瀬は落ち着いちゃうと逆にやっていけない。いつまでも恋愛をしていたくて、執着している人なんですよね。
水城:執着だと思います、私は。今ヶ瀬が嫌だ、もう別れるって騒いでるのって引き止めてもらいたくてやっていますよね。愛だったならもっと違うやり方があるはずです。恭一さんも傷ついてしまうわけだし。相手を振り回しておきながら、今ヶ瀬自身も振り回されて不幸を作っていますよね。
水城:それが今ヶ瀬っていう人なんでしょうね。恋愛も突き詰めると生き様の話になります。恋愛は一番エゴが現れるから、物語の題材にされやすいのかもしれませんね。
(text:矢野絢子)
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