1967年生まれ、愛知県出身。明治大学在学中に映画研究会に所属し、自主映画を多数制作。卒業後に映画業界に進み、工藤栄一、崔洋一、石井隆、中原俊、井筒和幸といった名監督たちの助監督を務める。2007年、『ボーイ・ミーツ・ガール』で監督デビュー。2014年に唐沢寿明主演の『イン・ザ・ヒーロー』を監督。同年に安藤サクラ主演の『百円の恋』で第39回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞。同賞最優秀主演女優賞をはじめ、国内外で多くの映画賞を受賞した。『百円の恋』で組んだ脚本の足立紳とは『嘘八百』(18年)、『嘘八百 京町ロワイヤル』(20年)でもコンビを組む。Netflix「全裸監督」(19年)では総監督を務めた。今年は他に『銃2020』、『ホテルローヤル』が公開。
拳だけでのコミュニケーションとしては、気持ちいいものがありました/森山
第88回アカデミー賞外国語映画賞の日本代表に選出され、多数の映画賞に輝いた『百円の恋』の監督・武正晴と脚本の足立紳のコンビが、再びボクシングをテーマに前・後編約4時間半をかけて3人の男たちの葛藤と闘いを描く『アンダードッグ』。日本チャンピオンの座をかけた試合に敗れ、それでもなおボクシングにしがみつく末永晃。将来を嘱望されながら、過去に秘密を抱える若き天才ボクサーの大村龍太。大物俳優の二世タレントで、番組の企画でボクシングに挑戦することとなる芸人の宮木瞬。リングという場で拳を交える彼らの物語は、一対一の対決はもちろん、周囲に展開するドラマも見逃せない。
あと一歩で掴み損ねた夢を捨てきれず、30半ばになってもくすぶり続けている主人公・晃を演じた森山未來と、這い上がろうとする負け犬(アンダードッグ)たちの群像劇を描いた武正晴監督に話を聞いた。
監督:『百円の恋』は本当に僕たちには大きな仕事だったと思います。でも、あれを超えるという発想よりも、あの作品に関わってくれた人に恥をかかせないような、要するにしっかりしたものになればいいと思っていました。それを超えるとか超えないとかではなくて。
僕らはあそこからスタートして、そのおかげで今映画を作られているところもあるんです。それを見てくれた方が、もう一回そういうものを作ってみなさいと言ってくれるのは、すごくありがたいことで、そこに対してのプレッシャーはないです。
ただ、ボクシングの撮影は大変なんです。なおかつプロットを見たら、前回は1試合の撮影であれだけひーひー言ってたのが、今回は12試合ぐらいある。これはえらいことだぞと思って。現実味がない、ちょっと突拍子もない数でしたね。一回忘れよう、その日が来たら考えよう、みたいな(笑)。
でも、やって来るんですよね、その日が。森山さんがジムで練習してたりするの見ると、これはもう後には引けないなっていう。そういう始まりでした。
森山:あまりないことですよね。この監督とやらせていただきたいとか、そういう場合以外は、やっぱり台本を見て、というのがまずあるんですけど、今回は『百円の恋』がすごく面白かったことに端を発して、武さんと足立さんの座組みに入れるっていうのが一番の理由です。
森山:家族だったり、いろんなものに向き合いきれない、ぐずぐずした感じの人ですけど……でも、それには絶対に理由があるというか。もともと人間的に駄目だったから、ボクシングが下手だったからこうなっているというのとは違うんです。日本ランク1位までちゃんと上り詰めて、そこで最後の一発の当たりどころが悪くて負けてしまった。この偶然に納得できないというのが、ずっとあると思うんです。そこで歯車が狂い出してから、ずるずる堕ちていってしまった。
ボクシングが強いとか、チャンピオンを目指す力があるということで、ある意味補完できていたのが、あの試合をきっかけに人間的な弱さみたいなものが前に出てきてしまう。映画は、そこからストーリーは始まってますが、この人を「ただの駄目男だ、ぐずぐずしたやつだ」と僕はやっぱり断定できない。
例えば僕について、さっき言われたように思ってもらえているとすると、僕は本当に出会いに恵まれていたんです。そういう歯車の回り方を、自分がしたというよりも周りにさせてもらっている感覚がすごくある。彼の場合は、その歯車の合わさり方が、どこかで少し狂ってしまっただけだと考えています。
監督:まずプロットを読んだとき、プロデューサーの佐藤さんと足立さんと3人でキャスティングについて話して、「森山さんしかいないね」と話をしていました。とにかく身体能力もすごいし、他の作品のときも森山さんの話をしたこともあったくらいなので、とにかく「森山さんがやってくれるといいな」というのがありました。そして、森山さんにやっていただけることになって、今度は残りの2人は台本に近いキャラクターから探しました。北村君はちょっとクールで、ミステリアスな部分。彼は音楽をやっているので、天性のリズムみたいものを持っているボクサーという、龍太のスタイルにあっている。
勝地君が演じた宮木は、とにかく芸人のしつこさ。本人もちょっとそういうキャラで、「ああ、こういう人なんだ」と思いました。僕は初めてだったんだけど、意外と「宮木じゃん」と会ったときに思った。本人は怒るかもしれないですけど。
森山:勝地は「当て書きかなって思ってた」って言ってました。
監督:どっちかというと当て書きだなと思ったんですよ。たぶん、勝地君のキャラを知っているプロデューサーの案でもあったけど、「宮木っぽいな」というのはすごくありましたね。僕が最初に俳優さんたちと会ったのは、みんなが練習しているのを眺めるとこからだったんです。ボクシングのスタイルを見ていると、「やっぱキャスティングどおりだな」と。練習してるときの取り組み方も、みんなそれぞれキャラクターが近いんですよ。晃っぽい感じと、龍太っぽい感じと、ちょっとチャラいといったら怒られるかもしれないけど、あの勝地君の宮木っぽさも。
森山:本気度が、なかなか伝わらないみたいな(笑)。
監督:そう。「えー?!」とか言いながら喋っている感じとか。「ああ、これは面白い3人だな」と思いながら。最初に練習しているときに会ったのはすごく良かったなと思うんです。もちろん顔合わせはあったんですけど、いきなり衣装合わせからとか本読みから始まるんじゃなくて、この作品特有の感じ。普段皆さんが通ってるジムから始まったというのは、監督にとっては良かったですね。
森山:僕は1年前ぐらいからですね。
監督:長かったですね。
森山:やっぱり元日本ライト級1位というキャラクターなので。その居住まいというか、有り様というのはちょっとやるだけでは絶対に出ないだろうなと思ったから。少しずつでも体に染み込ませないとやばい、という危機感はありましたね。
監督:僕たちも、本来なら台本が完成してから、となりますが、これは相当準備しないといけないので、プロットの段階でまず読んでもらって、練習を始めてもらったほうがいいんじゃないかというのは確かにあったんです。
森山:彼はこの試合の中では殴られることが主なので、次に何が来て、次どうしなきゃいけないかという段取りを覚えることが難しい。冷静にやらないと、向こうもこっちも怪我をしてしまう。勝地とは、かれこれ20年ぐらいの付き合いではあるので、コミュニケーションを取りながらやれたのはよかったですね。
片や匠海君は、今まで仕事をしたことがなかったんです。芝居の中でもそんなにいっぱい会話するわけでもなかった。ただ、それこそ今監督がおっしゃってたみたいに、音楽もやって、ダンスもやってたし。DISH//というグループをやってますよね。
監督:うん。ダンスロックバンドですよね。
森山:そう。歌えるし、踊れる。やっぱり身体的なものと音楽的なリズム感という、そこがクリアだったので、すごくやりやすかったというか。拳だけでのコミュニケーションとしては、気持ちいいものがありましたね。
スポーツと映画って実はすごく相性が悪い/監督
監督:これは僕の持論でもあるんですけど、スポーツと映画って実はすごく相性が悪いんです。ドキュメンタリーを撮るわけじゃないので、どうしても「本当に」はできないんですよね。悪い言い方をすると、どこかでごまかさなきゃいけないところがあるんです。でも、ごまかしたくないところが葛藤としてある。ボクシングをやってる人たちが見て「何だ」と思われたくない。かと言って本当に殴らせるなんて、そんなことはできないわけなんですよ。
どういうふうに作っていくか。そこは今までもいろんなボクシング映画がものすごい数で作られているわけで、そこで盗める技は盗んで、使わないものは使わない。もうここには戻らないぞ、という映画術があるんですね。まだ誰もやってない術もあるはずだから、そういうものを入れる。
ただ、それも表現する人たちがいての話なんですよね。それをちゃんと表現できる人がいないと、いくらそういう術があって、こちらがやろうとしても、そこには到達しないんですよね。その恐怖感はすごい。撮影してる中で、難しいというよりも怖さを感じるんですね。
監督:うん。俳優が完璧なパフォーマンスしてくれたときに、それをちゃんとこちら側の術で受け止められているのか。彼らだけではなくて、そこにいるレフェリー、さらに観客も含めて、全てがそろわないと成り立たない瞬間というのがあって、限られた時間の中でそれを瞬時にやってかなきゃいけない。ほとんど反射神経みたいなものなんです。そこまで自分を、撮影が始まる前にどう高めていくかという訓練も必要なんですが、あの『百円の恋』から俺たちはどこまで到達したのかというチャレンジもあったんですね。『百円の恋』でやった方法論とはまた違う新しいものを見つけなきゃいけないので、その恐怖心との闘いもありました。そういうものにしなきゃいけないとは思ってたしね。
監督:一番思っていたのは、テレビの画面の中で見るボクシングの試合ではない、後楽園ホールという場所で行われる試合の細部……観客の声だったり、セコンドが選手にかける声はどう聞こえるのか、そこにこだわりました。テレビで見てるだけだと絶対分からない世界がある。それはボクシングだけじゃないと思うんですよね。いろんなスポーツとか演劇とかで、パフォーマンスをその場で見ないと分からないことというのを、どうやって映画で表現するかは非常に難しい作業ではありますよね。
森山:とにかく現場を撮ってくスピード感がすごくて。現場によっては、何回も何回もテイクを重ねていくこともある。例えば黒沢清さんとご一緒したときだと、こっちは何か用意してくじゃないですか。用意してきたものをやって、駄目と言われて、何回かやってくうちに、「あれ? もう何やってんのか全然分からなくなってきたな」と、ぼーっとしてきたぐらいにOKが出たりするんですよ。それは結局僕らの作為みたいなものを取り除きたいんだろうなと思うんです。もう頭ん中空っぽになった、もしくはバグったぐらいのときにOKが出てくるっていう、黒沢さんの面白さがあったりする。
片や武さんは、場が整ったら「よーいドン」と入って、パッと撮ったら「OK、じゃあ、次!」みたいな。整いきるのかきらないのか、そのぶれも含めた「最初」という緊張感、そこにあるものをパッと切り取る力というか、その強さを信じて、現場を押し続けるという印象です。1つでも気を緩めると、そのまま流されていっちゃうみたいな緊張感が常にあった。絶対に逃しちゃいけないという、その感じがすごく良かったですね。
リング上の撮影のときに顕著だったけれども、周りを鼓舞するというか、引き上げていく、押していく、熱量を上げていくことに、すごく長けていると思います。それはやっぱり現場というものに対する武さんの愛情もあると思うし、今まで培ってきた経験、実力が圧倒的にそこに表れていた。熱量が高まった状態とか、何かがドライブした状況をずっと作っている良さがありますね。
監督:どうしてもトレーニングの話が出てくるんですけど、森山さんはいろんな運動をしてるときに、自分のルーティンワークを、どんな場所でも決まった時間になったら、きっちり当たり前のようにやっているんです。俳優さんはどうやって普段生きてるのかというのを垣間見せてくれるというか。すごく難しいことだと思うんです、ルーティンを作るっていうことは。そのルーティンで入ってきて、撮影も始まっていく。本当に当たり前のように難しいことをやっていく裏に、ちゃんとそういうルーティンワークがあるんだというのを目の当たりしました。そこにいると、俺も何かしなきゃいけないなって思うんだけど、俺にできることはないなって思いながらも(笑)、一緒にいると、何か俺もしてるような気持ちになるから、この人を見ていようという気になるんです。
でも、それが俳優の力だと思うんですよね。見ていたいっていう。森山さんだけじゃなく、この仕事をしていて、俳優さんと出会ったときに、現場でこの人のそばにいた方がいいことがあるなと思うことがあります。なかなかずっとはいられないけど、見ておく。その人の何かやってることを見ておくというのは、実は僕らの仕事だと思っているんです。撮影のテイクを重ねるとき、短い瞬間に「あっ、何か今あったな」と気づける。その人を見続ける集中力につながっていく。だから、自分の日常を変えてくれるというのをすごく思ったんです。見続けていると、それが自分にとっても日常になっていくので、それが自分たちの作品の力になっているのを今回すごく感じた。だからすごいありがたいなと思いました。作品にとって、監督も俳優が必要だし、俳優さんにとっても監督というのは必要なんだな、というのは、やっぱりどの現場行っても思いますよ。
森山:そうですね。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
(衣装協力:LAD MUSICIAN)
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