『声優夫婦の甘くない生活』エフゲニー・ルーマン監督インタビュー

イスラエルの若き才能が放つ映画愛が詰まった意欲作

#イスラエル#エフゲニー・ルーマン#声優夫婦の甘くない生活

声優夫婦の甘くない生活

これまでのイスラエル映画にはないようなものを目指した

『声優夫婦の甘くない生活』
2020年12月18日より全国順次公開

構想から7年という時間をかけて丁寧に作られ、ヨーロッパの映画祭を中心に高く評価された珠玉の1本が日本でもまもなく公開となる。その作品は、イスラエルから届いたビタースイートであたたかい大人のための人生賛歌『声優夫婦の甘くない生活』。

本作では、かつてソ連でスター洋画声優だった夫婦が移住先のイスラエルで第2の人生を送ろうとするも、厳しい現実や夫婦関係の危機に見舞われる姿が描かれている。手掛けたのは、主人公夫婦と同じロシア系イスラエル人であるエフゲニー・ルーマン監督。物語の基となっている自身の経験や本作に込めた映画愛、そして現在のイスラエル映画界の状況などについて、語ってもらった。

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──共同脚本のジヴ・ベルコヴィッチと監督の子ども時代の経験をもとに、脚本を書かれたそうですが、どのようにしてこの企画が始まったのでしょうか?

監督:良き友人であるジヴが「ロシア移民を題材にした映画を作ろう」とアイデアをくれました。しかも、これまでのイスラエル映画にはないような、親世代のストーリーを語ろうと。私はやるべきだと思ったと同時に、喜劇的でばかげた映画にしたい、そして映画や自分たちの生活、子ども時代の思い出につながる物語を伝えたいと思いました。なぜなら私たちは2人とも、海賊版ビデオ屋で借りたロシア語吹き替えの映画を見て育ちましたから。

・『声優夫婦の甘くない生活』本編映像

──構想から完成まで、どのくらいの期間が費やしましたか?

監督:2013年の初めから2019年半ばまでの約7年です。

──主人公2人のキャスティングの経緯について教えてください。

監督:夫のヴィクトルを演じたウラジミール・フリードマンは私の友人ですし、また一緒に仕事をしたいと考えていたんです。彼には大きな役を演じてほしいと思っていたので、この役は彼のために書きました。といっても、彼はそのことを知りませんが……。
妻のラヤ役にキャスティングしたマリア・ベルキンに関しては、オーディションの過程で見つけることができて、とてもラッキーでした。彼女はテレビや映画にほとんど出演しておらず、主に舞台で活動していたため、彼女を知っている人はあまりいなかったのです。最初はロシアから女優を連れて来なければならないと思っていたのですが、そんな時にイスラエルでマリアを見つけることができました。

エフゲニー・ルーマン

エフゲニー・ルーマン監督 (C)Andriy Makukha

──夫婦の姿は、国民性関係なくどの国でも共感できるものに感じられました。それについて何か意識したことはありますか?

監督:最終的には、非常に普遍的な物語となりました。長い間、一緒に暮らす夫婦の物語であり、失望や満たされない期待だけでなく、深いつながりや偽りのない気持ちを描いているからです。芸術に身を捧げた2人が、突然この世界にはお互いの存在しかないことを知り、銀幕上ではなく、現実の中で自分の人生を生きなければならないという物語となっています。

──映画の最後に起きるミサイル攻撃は、実際にあったフセインによる攻撃ですね。監督も当時、実際にこの事件を経験したのでしょうか?

監督:その通りです。子どもではありましたが、スカッド攻撃のことはとても鮮明に覚えています。この攻撃は、イスラエルに到着して数か月後のことでした。

──夫婦の大切な思い出や作品のキーポイントとしてフェデリコ・フェリーニを選んだ理由を教えてください。監督自身にも思い入れがありますか?

監督:フェデリコ・フェリーニは、当時のソ連で鑑賞できる数少ない外国映画の監督の1人で、モスクワ国際映画祭で上映もされていました。そのためヴィクトルとラヤは、フェリーニの映画に親しみがあり、彼と会ったことさえあるかもしれないと考えたからです。それに、私にとってフェリーニは大好きな映画制作者の1人。彼に敬意を表すことができて光栄でした。

──では、アーラ・プガチョワの「百万本のバラ」をフィーチャーした理由を教えてください。

監督:それは、とても人気のある曲だからです。おそらく当時生まれていたロシア人なら、誰でも歌詞を知っているでしょう。またラヤは、ロマンティックで力強いプガチョワの曲を好きなキャラクターだと考えました。

──ヴィクトルが最後まで何か分からないスイッチが、味わい深い余韻を残しますね。このアイデアはどこから来たのでしょうか?

監督:私が住んでいる家にも、このようなスイッチがあります。何をするためのものか、誰も、家の所有者さえ知らないのです。ヴィクトルが分かろうとしていたスイッチはおそらく給湯器のスイッチで、イスラエル人ならすぐ分かるでしょうが、ソ連で生まれた人間には分からないと思います。

──また、本作の参考にした映画や、影響を受けた映画監督について教えてください。

監督:アキ・カウリスマキや彼の作風は、ある意味で参考の対象だったと思います。それから、アレクサンダー・ペインの『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(13)にも影響を受けています。

──撮影時に印象的だったエピソードは何ですか?

監督:最終日の撮影を空港で行ったときのこと。飛行機が着陸し、移民たちがイスラエルに降り立つ冒頭のシーンです。このシーンを撮ったのは、1990年に子どもだった私がイスラエルに降りたときと同じ場所でした。撮影の最終日だったこともあり、私にとっては非常に奇妙でかつ感動的な経験でした。

今後のイスラエルの映画界に不安を感じている

──イスラエル国内で上映されたときの観客の反応はいかがでしたか?

監督:この作品はまだイスラエルで劇場公開されていません。COVID-19の影響で、直前で延期となってしまったからです。ただ、映画祭での反響はかなり大きく、観客はこの映画の滑稽な側面にも、劇的でノスタルジックな側面にも、かなり熱烈に応えてくれました。それから私の両親もとても感情的に反応していたようです。厳密に言うと自伝ではありませんが、色んな意味で彼らの物語でもありますから。

──では、もともと映画監督になろうと思ったきっかけを教えてください。

監督:正直に言うと、私自身もその答えをいまだに見出そうとしています。というのも、映画監督になるつもりはなかったし、当時はそれが何を意味するかさえ理解していませんでした。ただ、その答えを見つければ、突然その後があまり面白くなくなるんじゃないかとも思っています。どの映画も新しい人生のようなもので、映画監督として、複数の人生、時にはまったく違う人生を生きるという、すばらしい機会を得ているからです。

エフゲニー・ルーマン

──好きな日本の映画はありますか?

監督:是枝裕和の作品はすべて大好きです。『ワンダフルライフ』(98)はお気に入りの1本で、何度も見ました。もちろん名匠と言われる黒澤明や小津安二郎も好きです。

──イスラエルは混乱する中東情勢の渦中にありますが、監督ご自身はどのような未来を望んでいますか? また、そのことがご自身の映画制作においてどのように影響を与えているとお考えかお聞かせください。

監督:イスラエルの政治的リーダーシップが変わることを期待しています。それが、この国やまさに今悲観している人々に、もっと明るい未来の希望をもたらすでしょう。自分の映画制作に直接影響しているかは分かりませんが、私の人生に影響し、ストレスを与えているのは間違いありません。

──コロナ禍で世界中の映画制作者たちが厳しい状況に置かれていますが、イスラエルの映画業界の状況はいかがですか?

監督:あまり良い状況ではありませんね。映画館はまだ閉まっていて、制作もほとんど止まっていますから。これからはプロジェクトの資金調達がさらに難航すると思われるので、今後がかなり怖いと感じているところです。

声優夫婦の甘くない生活

──このあとは、どういった作品を制作する予定があるのでしょうか?

監督:現在はテレビの方にシフトしていて、もうじきテレビシリーズを演出する予定です。そのほかにも、もう何本かテレビの企画をしています。映画については、イスラエルの映画産業はとても小さく、制作するにも長くて厳しい道のりなので、国際的にキャリアを伸ばしていければと思っています。

──それでは、日本の観客へメッセージをお願いします。

監督:皆さんに映画館へ行くチャンスがあること、『声優夫婦の甘くない生活』を観てもらうチャンスがあることをとても嬉しく思います。COVID-19の影響で、今はまだイスラエルの国民にはその機会がありません。なので、皆さんの感想が気になって仕方がありませんし、日本で皆さんの反応を直接見たり聞いたりできたらいいなと思います。個人の物語が他の国やまったく異なる文化に伝わるなんて、とても不思議で、最高の気持ちです。どうぞ、お楽しみください!

エフゲニー・ルーマン
エフゲニー・ルーマン
Evgeny Ruman

1979年生まれ、ベラルーシ・ミンスク出身。1990年に家族とともにイスラエルに移住する。その後、テルアビブ大学の映画・テレビ学科を卒業。 2013年には、イスラエル映画界への貢献を評されイスラエル文化省から優秀賞を受賞する。長編映画デビュー作となる『Igor & the Cranes' Journey』(12年)は、トロント、シカゴ、ハイファ、ミンスクなどの映画祭で上映。さらに長編映画2作目の『The Man in the Wall』(15年)も、エルサレム、オデッサ、ロッテルダムなど世界中の映画祭で上映された。本作では、撮影監督のジヴ・ベルコヴィッチと共同で脚本も担当している。