1987年1月9日生まれ、神奈川県出身。『八日目の蟬』(11年)で、第35回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を受賞。『白ゆき姫殺人事件』(14年)、『焼肉ドラゴン』(18年)、『カツベン!』(19年)、『一度も撃ってません』(20年)などに出演。公開待機作として杉田真一監督の『閉じ込めた吐息』がある。ドラマでは、『花より男子』シリーズ(05年、07年/08年に映画『花より男子F』)、連続テレビ小説『おひさま』(11年)、大河ドラマ『花燃ゆ』(15年)、『明日の約束』(17年)、『乱反射』(18年)、『少年寅次郎』(19年)にて主演を務めた。
『大コメ騒動』本木克英監督×井上真央インタビュー
100年前に立ち上がった女たち、現代に通じる物語を楽しく学べるエンタメ
岩波ホールの高野悦子さんに興味と意識を植え付けられました/本木監督
1918(大正7)年、第一次世界大戦後の好景気が米の価格上昇という形で、逆に庶民の生活を圧迫していた時代。富山県の貧しい漁師町に暮らす女性たちが立ち上がった。
家族の命を守るため、女性たちが初めて起こした市民運動といわれる「米騒動」を、ひたむきにたくましく生きる当事者にスポットをあてて描く『大コメ騒動』。地に足をつけて生きる人々の実感を、今に通じるエンターテインメント作に仕上げたのは、富山県出身で『釣りバカ日誌』シリーズや『空飛ぶタイヤ』『居眠り磐音』を手がけた本木克英監督。監督と、聡明だが控えめで3人の子を育てる女仲仕・いとを演じた主演の井上真央に話を聞いた。
井上:そうですね。社会の授業で少し触れたくらいですね。
本木:百姓一揆と同じイメージで、“女たちの一揆”程度の知識?
井上:はい。今回、初めて詳しく知りました。
本木:特に興味あったわけではなかったのですが、身近に米騒動について書かれた本が結構あって意識はさせられました。富山の女性たちの行動がきっかけとなって全国に広まった大変な事件だと。研究者もかなりいて、毎年、米騒動のあった7月が近づくと、新聞の特集記事や学術的な本が出ていました。
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本木:構想20年と書かれていますが(笑)。『てなもんや商社』という映画で監督デビューしたときに応援してくださった岩波ホール総支配人の高野悦子さんに「米騒動を映画化しなさいよ。面白いから」と言われたのが20年前です。高野さんも富山にご縁があり、日本で初めて女性たちが起こした市民運動として重要なんだ、と。そこで興味と意識を植え付けられました。
高野悦子さんは7年前に亡くなりましたけど、ご自身も映画監督を目指してフランスの高等映画学院に留学されました。しかし帰国後、男社会の日本の映画製作現場に限界を感じ、ミニシアター運動の先駆けになられた方です。その後、富山県が舞台となった『釣りバカ日誌13』が大ヒットしたこともあり、富山出身の室井滋さんとある会議でご一緒した際、富山を舞台に映画を作ろうという話になり、「米騒動はどうですか」提案したら、「いいじゃない!」と乗ってくださった。それが10年前ですね。
ただ、研究者間で評価も異なり、取り扱うのはなかなか難しい事件でした。それが数年前にようやく、見解もまとまってきた。騒動から100年経って、もう歴史の一部になったし、大正時代の地方の庶民の生き方を想像力を膨らませながら娯楽作品にしようと考えたんです。そして1年前に井上さんにお願いしたところ、受けてくださった。主役が決まったら、あとは次々と豪華キャストが集まってくださった。で、今に至ると。
井上:米騒動が100年以上前に起きた女性たちのお話というのが面白そうだと思いました。本木監督が撮るなら楽しい作品になるだろうなと思いましたし、男性の群像劇が多かった監督が今度は女性たちをどの様に撮るのだろう。という興味もありました。割と直感に近い感じでしたね。
井上:時代背景も考えなければならないですが、監督は史実を大切にしながらもエンタテインメントとしての見せ方を重視されていたので、私たちも楽しめました。
本木:僕が井上さんと初めてご一緒したのは『ゲゲゲの鬼太郎』です。当時、井上さんはまだ大学生でしたが、それから数々の意欲作で優れた才能を発揮されて、日本のトップ女優に駆け上がりました。
井上:またそうやって(笑)。
本木:最初お会いしたときに、どんな映画が好きかと聞いたら、「『釣りバカ日誌』を小さい頃、家族で見に行ってました」とおっしゃって。だったら、娯楽映画の中に社会的メッセージを込める作品もやってみようという意欲はあるんだな、と感じ、内心期待していました。これまで井上さんは、非常にシリアスな内面が問われる難しい役柄に挑戦されることが多く、それらを見事に乗り越えて我が物とし、 数々の賞に輝いていらっしゃるんですが……。
井上:そんなー(笑)。
本木:いや本当に。だから今回は、面白く見せる表現との距離感を図りながらやっていただいたと思いますね。
井上:皆さん個性的で濃いキャラの役の方が多かったですよね。いとは地味な性格ですが、おかかたちと関わっていく中で成長していく姿も描いていければいいなと思いました。
井上:初めてです。
井上:どの方言も毎回苦労はします。関西弁などは特にイントネーションがとても難しいです。富山弁は、言葉自体が変わるので覚えてしまえば大丈夫かなと思っていましたが、結構苦労しましたね。
本木:(苦労を)しました? 富山の人よりうまいと思いましたが。音楽として覚えたというか、体に入れていったという話を聞きましたけど。
井上:とにかく吹き込んでもらった音源をずっと聞いていました。移動中や寝る前も。それくらい難しかったです。監督や室井さんはじめ富山県出身の方が多かったですし、すぐ聞ける先生がいるという心強さはありましたけど……。
本木:難しいんですよ。独特の方言なので。
井上:今回は時代も大正ですしね。
本木:そうだね。だけど、あまり細部にまでこだわりすぎると、どうしても“言わされてる”感は出てしまうから、自分が一番スムーズに言えるタイミングで、方言指導の先生のテープを聞きながらやっていただいたんですけど、井上さんはほぼ、直すところもないぐらいのレベルにまで自分の体から出てくるセリフになってました。
井上:夢にまで出てきそうな……。
本木:そうですか。
井上:ほんとに。
井上:楽しかったですね。
本木:部活みたいだって言ってました。
井上:女子校の部活。
本木:早朝から集まってね。
井上:富山でロケをする時は学校だった場所をお借りして、そこを支度場所にしていましたよね。ホテルから歩ける距離だったのでみんなジャージ姿に荷物を持ってすっぴんで歩いて通ってました。
本木:そうだったんだ。
井上:そうなんです。みんなでおしゃべりしながらメイクして、撮影が終わったら、学校の水飲み場みたいなところでメイクを落として、またジャージ姿で帰って行く。途中でコンビニに寄ったり……ほんとに合宿でしたね(笑)。もちろん室井さんとか大先輩も混じっていらっしゃるんですが、年齢関係なく、女子たちが集まると賑やかになりますね。
本木:これだけの女優さんたちを集めると、自分はこんなふうに目立とうというのがなくなるんですね。一致団結、調和の取れた集団劇になるというか、その心意気に感心しました。僕は男の群像劇を多く作ってきたんですけど、よく見せようという気持ちが働く人が出てきたりするんですよ。今回はたまたまかもしれないけど、そういうのが一切なく、撮影スケジュールは非常に厳しかったんですが、女優陣がほんと生き生き楽しくやってくださったので、僕なんか何も言うことなく、次の演出を考えられたっていうか。
井上:それはそれで、ちょっと楽しそうですけどね(笑)。
本木:あった?
井上:ないですね。コミュニケーションを取る能力って、女性の方が長けているのかもしれませんね。
本木:そこなのかね。
井上:先輩だからこの人は話せないとか、私が先に何かしちゃいけない、ではなくて「この毛穴まで入り込んだメイクどうやって落ちた?」みたいな話題で(笑)、「これが良かったよ」「あれが良かったよ」って。結局、女性が集まるとだいたい美容、健康の話にはなるんですけど。
本木:やっぱり、女性にはおしゃべりが必要なんだね。
役作りのため米断ちして撮影「お米のありがたみを感じました」/井上
本木:米断ち?
井上:お米があまり満足に食べられない役だったので、3食、食べるのもちょっと罪悪感があって、控えようかなと思って。
本木:2週間でしたっけ? 米断ちして、撮影に臨んだ。
井上:撮影に入る前から少しずつ。いきなり(米食を)やめると辛そうなので。
本木:どうやって?
井上:少しずつ減らしながら撮影中は野菜中心に食べましたね。ただ、少し体調は崩したので、お米のありがたみを改めて感じました。
井上:ほんと、そうですね。荒んできますしね(笑)
本木:気持ちが?
井上:食べないと力が出ないというか……お米を食べたいという欲は日に日に増していきました。
本木:役に反映してたんじゃないかと思いますね。
井上:ラストの岩瀬浜ですね。
本木:岩瀬浜ね。僕もそれ。クライマックスとなる、積み出し阻止をするおかかたちの大立ち回りのシーンが連日あったんですよ。
井上:富山のエキストラの方たちも朝から準備して、すごい人数で行進しましたね。
本木:支度時間を逆算して午前3時集合で、まだ暗い時間帯に100人以上もの人たちが集まってくださって。扮装して、日焼けメイクもして。
井上:富山の女性ってパワフルなんだなって感じました。
本木:アクション監督が希望者を3人募ったら、10人ぐらい、「はーい!」と手を挙げて駆け寄ってきて。みなさん積極的でした。
井上:エキストラの方たちが進んで志願するのってあまりないのでびっくりしました。
本木:そうです。あの立ち回りも午前中しかできなかった。時間が限られた中で、どういうカット撮っていくか。そこに協力してくださった地元の、富山の女性たちが素晴らしかったなと思います。その中でも真央さんはしっかりと中心の軸にいてくれました。頼りなかったいとが、最後に米俵を引きずり下ろすという、映画全体の流れも考えてやってくださるし。
井上:室井さんがリーダーだった時の迫力を見てしまっているので、あれ以上のものをやらなきゃいけないなと思って……室井さんに「ニューリーダー頑張れ!」と言われました。
本木:女性スタッフも「突き刺さった」と言っていました。
井上:ずっと家にいました。予定していた撮影もいくつか延期になりましたし自分の仕事だけではなくこれからどうなっていくのだろう、といろいろなことを考える時間が増えました。その中で、見ていなかった映画を見たり、読んでいなかった本を読んだり。
今は配信サービスがあって邦画もいろいろな国の映画も見られる。良い映画ってもう充分にあるんだなと思いました。でも不安や焦りというより、客観的に自分のやってきたことや、これからのことを冷静に考えられたように思います。
本木:なるほど。ある意味、貴重な時間でもあったんだ。
僕は感染拡大する直前まで別のドラマ撮影をしていて、その後の自粛期間も当初はソーシャルディスタンスとか、家から出ないとか、割と謳歌していたんです。リモートの仕事も面白がってやっていたけど、やっぱりここまで長くなってくると……。『大コメ騒動』もこの期間にずっと仕上げていました。ただ、今年撮ろうと思っていた企画は全て延期になり、今後いつできるかも分からなくて。
最近思うのは、やっぱり密接に人間が関わらないとエンターテインメントは作れないんですよ。フェイスシールドを付けて頑張って作ってる人たちもいますが、どうしても無用の負荷がかかる。いずれ収束はすると思いますが、たまたま作った『大コメ騒動』の時代が全く今と重なり合って、不思議な巡り合わせを感じます。スペイン風邪が米騒動を収束させたという事実もあるんですよ。その後の社会が102年前だと、言論統制に端を発して権力が暴走し、戦争に突き進んでいくんですけど、そうならないように、と願っています。やはり人は行動して声を上げないとダメなんです。
本木:富山では元日から公開されますが、僕は地方発で広がる映画になってほしいと思ってます。102年前も同じ問題に直面していた日本人が、先が見えずに不安に立ち尽くしているときに、女性たちが米の積み出し阻止に動くシーンを見て、「やらんまいけ」という気持ちになってほしいと思います。
孤絶していては何も前進しない。われわれはそういう仕事をしてるので、エンターテインメント業界が復活していくようにと祈っています。
井上:まずは健康でいたいですね。自分もそうですし、大事な人たちも。まだいろいろな不安もありますが、身近な人たちに健康で笑顔でいてもらいたいと願うことが他者への思いに繋がっていくのかなと思います。
この映画のように……。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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