1974年4月16日フランス生まれ。1993年にフレンチロックグループ「ディオニソス」を結成し、96年ファーストアルバムをリリース。執筆業でもその才能を開花させる。2013年、自身が執筆した同名小説をアニメーション映画化した『Jack et la mécanique du coeur』で映画監督デビューを果たすとともに、主人公ジャックの声優と音楽も手掛け、そのマルチな才能を発揮している。その後短編作品の監督を経て、本作が初の長編実写作品となる。
『マーメイド・イン・パリ』マチアス・マルジウ監督インタビュー
幻想的な世界観に酔いしれる、切なくも美しいおとぎ話
“恋に落ちたくない二人”の叶わぬ恋の物語
パリのセーヌ川に浮かぶバー「フラワーバーガー」でパフォーマー“サプライザー”として働くガスパールは、ある夜、傷を負い倒れていた人魚ルラを見つける。彼女はその美しい歌声で男性を虜にし、恋に落ちた幾人もの命を奪ってきた。しかし過去の失恋から、恋の感情を捨て去ったガスパールにはその美声も効かず、ガスパールはルラを助け懸命に看病する。しかしルラが彼の優しさに惹かれていくと同時に、彼の体にも異変が生じ始め……。
パリにぴったりな、切なくもロマンティックなラブストーリーを書き上げ、幻想的な世界観を創り出したマチアス・マルジウ監督。自身の小説を映画化し、長編監督デビューを飾った彼に、本作の誕生秘話やキャストについてお話を伺った。
・私と恋に落ちたら心臓が破裂!?『マーメイド・イン・パリ』本編映像
監督:僕自身が恋に落ちていたんだ。恋する気持ちに免疫がついてしまった登場人物のことが頭にあった。でも決定的なきっかけは2016年にパリで起きた洪水。魚やカモがセーヌ川の土手に打ち上げられ、雪嵐の後のように危険であると同時に、詩的な光景だった。まるで街自体が主人公のようだった。そしてキャットフィッシュを見て、人魚を登場させたいと思った。彼女は最後の人魚で物語のヒーローは歌手、そして最後のサプライザーだと想像した。頭にとても強いイメージが浮かび、すぐに1950年代の古典的なコメディ風にしようと思った。
キャプラの映画のようにロマンティックで風変わり、そして人魚が登場する。『マーメイド・イン・パリ』というタイトルもロマンティックだ。優しさや詩的さを損なわず観客を笑わせるシーンも思いついたよ。ガスパールがアパートでフィッシュフライを作って、人魚が美味しいと思うシーンとかね。
監督:何よりも僕の人生そのものさ! もう恋はできない、そうでなくても長い時間が必要だろうと僕に思わせた、深い心の傷を負った経験を物語にしている。でもその後すぐにとても美しい若い女性と出会った。人魚は実際に起こったことのメタファーなんだ。だから“魔法的なリアリズム”の中でこのおとぎ話を書いた。舞台は未知の惑星ではなくパリ。人魚を別にすれば、すべてが存在し得る。超自然的要素、ファンタジー要素はないと思っているよ。
監督:ガスパールは孤独で不器用で、恋に傷ついている。人を好きにならないように、常に拒んでいる状態。そんな彼には人魚の魔力も、最初は何も影響を与えない。彼がルラの前にTVを置くシーンはとても重要だ。彼女の面倒を見て、少しずつ彼女の世話をする喜びの中で愛が芽生え、身体的に苦しみ始める。ルラは愛によって男を惑わせるクリーチャーだ。これは互いを想って自分を犠牲にする、恋に落ちたくない二人の叶わぬ恋の物語。そうだね、二人のロマンティックなヒーローさ!
監督:室内の装飾は僕にとって最も重要だった。世界観や雰囲気は作品の基礎だからね。ガスパールとサプライザーの精神を映し出す魔法世界に浸りたかった。彼のアパートはフラワーバーガーの別館のようだ。そこに独身ならではの要素が足されていて、芸術家のアトリエのような趣もある。多くが浴室のシーンなので、アパートの真ん中に浴室を配置した。小さなものでよかったけど、カメラを動かすのに十分な大きさのものを。浴室を作りながら、段々とガスパールがそこに入り込んできて、彼の精神がそこで動き出すのを感じたよ。
監督:超自然的もしくはファンタジーに溢れた物語では、登場人物に現実味を持たせ、感情をもたらす必要がある。僕は共感しない主人公は絶対に作らない。決して批判はしないし、謙虚であろうとしているが、うわべだけの主人公は大嫌いだ。本作では一人ひとりがトラウマに向き合って、他人から何かを学び、再び自分を取り戻す長い道のりを歩まなければならないんだ。
監督:本作のようなプロジェクトでは、真の羅針盤となるのは情熱だ。二コラ・デュヴォシェル(ガスパール役)が本作を知り、すぐに参加したいとコンタクトしてきた時、彼は全身全霊を注いでくれるだろうと思った。主人公のシチュエーションにいろいろな点で感銘を受け、人魚のメタファーについてとてもよく理解したと二コラは言ってきた。自らのイメージを変え、長い間もっと明るい役をやることを夢見ていたとも。撮影を通して、感じるままに色々なことを共に発見したよ。素晴らしい感受性で、凝り固まった優しい心を表現し、映画に輝きと身体的密度を与えてくれた。仕事の熟練ぶりが素晴らしく、編集へのガイドかのようにカメラに対して完璧に演じてくれた。想定していなかったリズムまでも生み出しくれた。本作に特有のテンポも。終始バイタリティとエネルギーに溢れていたよ。
ルラ役には、女優の友人がマリリン・リマを提案してきたんだ。ミステリアスで反逆者っぽい一面があるからね。ある種のか弱さもルラに完璧に合致していた。口を開いた途端に僕は確信し、言葉に頼らない“サイレント女優”の特徴を持った彼女の眼差しを撮りたいと思った。初めて会った時はまだ脚本は読んでいなかったけど、歌も含め、この役に熱心だった。そしてすぐに仕事にとりかかってくれた。素晴らしく活気ある精神の持ち主で、すぐに意気投合したよ。物事の感じ方がとても近かったら、昔から彼女を知っているような気がした。素晴らしく感情的知性があり、セリフのないシーンを支配していた。彼女の役柄は冒頭から信じられる。眼差し、動作、すべてか素晴らしかった。とても頑張ってくれたよ。
撮影が始まって最初のシーンは、宿敵ミレナを演じるロマーヌ・ボーランジェとだった。メインの登場人物であり、見せかけやカリカチュア的ではない。ロマーヌはあらゆるニュアンスを表現できる女優だ。幸せで恋をしている、さわやかで、眩しさすらある彼女の最初のシーンはとても重要だ。ルラに復讐心を抱く彼女だが、観客は彼女を理解し、単に嫌うわけじゃない。
ロッシ・デ・パルマの役はロッシという名だ。なぜなら小説の時から彼女のことを考えながら役を書いていたからね。まだプロデューサーもついてないにも関わらず、すぐに彼女に電話し「これはあなただ」と言った。彼女に断られたら大変だからリスクを冒したんだ。しかし幸運なことに、彼女は尽力してくれて、彼女の即興の演技が映画に色を足した。登場人物たちの過去を説明してくれるのは彼女だ。この“船頭”を、コミカルで華やかで詩的に、しかし決して芝居がからない言葉で完璧に演じてくれた。彼女は“チーフ・サプライザー”だね。
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