1961年1月3日生まれ、秋田県出身。1984年、劇男一世風靡“セピア”のメンバーとして路上パフォーマンスを繰り広げて話題を呼んだ。その後、86年に『南へ走れ、海の道を!』で本格的スクリーンにデビューし、第10回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『四月怪談』『ダウンタウンヒーローズ』(共に88年)で第12回日本アカデミー賞、『さらば愛しのやくざ』(90年)で第33回ブルーリボン賞助演男優賞、1990年に「エランドール賞」新人賞を受賞。TV、映画、CMと幅広く展開し、ドラマと映画で大ヒットを記録した「踊る大捜査線」シリーズでも活躍。『踊る大捜査線 THE MOVIE』(98年)で第22回日本アカデミー賞助演男優賞、『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(03年)で第27回日本アカデミー賞助演男優賞を受賞。近年の映画出演作は『アゲイン 28年目の甲子園』(15年)、『泣く子はいねぇが』(20年)など。『光を追いかけて』が2021年公開予定。
人としてあるべき人の姿が、見事に表現されてる
吉永小百合が映画出演122本目にして、初めて医師役に挑戦した『いのちの停車場』。現役医師である南杏子の同名小説を成島出監督が映画化した同作は、東京から故郷の金沢に戻り、小さな「まほろば診療所」で在宅医として再出発する医師の咲和子と彼女が出会う患者たちとの物語だ。
柳葉敏郎は、様々な事情を抱えた患者たちの1人、末期の膵臓癌を患う元高級官僚・宮嶋一義を演じる。最期を迎える場所として故郷を選び、努めて穏やかに過ごしながら、疎遠になっている息子を気がかりに思う心の機微を丁寧に表現した柳葉に、撮影秘話から役者という仕事に対する思い、いのちとの向き合い方、故郷で生きることなど、誠実に率直な言葉で語ってもらった。
柳葉:まずはタイトルですよね。「停車場」という最近は聞き慣れない言葉ですけど、僕らの小さい頃は、じいちゃんばあちゃんたちは駅のことを停車場って言ったものです。そこで人を見送ったり出迎えたりして、地域の人たちのコミュニケーションの場でもあったと思うんです。そこの前に「いのち」というとてつもない言葉があるわけで。これはいったい何なんだろう、と台本を見ると、人が人としてコミュニケーションを取って感じるもの、それがしっかりと描かれていると思いました。見えない情報ではなくて、人が人として体感する情報といいますか。それをこの作品はしっかりと、優しく繊細に描いているんだな、と。
役者というのは人を演じるわけですから、やっぱり心のこもった人を表現しなくちゃいけないということが最初です。
よくありがちな「刑事だから、こうだ」とか、「医者だから」「弁護士だから」ということじゃなくて。たまたまそういう環境にあるだけで、もともとはみんな1人の人間として、体験して感じてそれを糧にして生きていく。ヒューマンな世界をしっかりと描かなくちゃいけない、その1つの駒として頑張らなきゃいけない使命感といいますか、そういったものを最初に思いながら現場に入りました。
柳葉:出演シーンは3つしかないじゃないですか。監督から最初に、その中で宮嶋という男の生き様を全て表現してくれと言われました。1シーン目は鎧を羽織った宮嶋、2シーン目はその鎧を脱ぎ捨てた宮嶋、3シーン目は、全てを脱ぎ捨てた宮嶋の生き様。これで彼の一生を表したい、と言われて、そうなるように頑張りました。
柳葉:ね。自分で言うのも変なんですけど、本当に3シーンしか出てないのに、完成品を見た時に、なんていい作品なんだろうと思って。人の気持ち、それも純粋な気持ちが、それぞれの環境の中でちゃんと表現されている。人としてあるべき人の姿、それがものの見事に表現されてる作品だなって思います。
柳葉:頑張ったんでしょうね! こいつ、宮嶋は。自分でやらなければいけないという使命感を必要以上に感じながら、人生を送ってきたやつだと思うんです。おそらく、親に「男はこうじゃなきゃいけない」とか課せられて、親の言うことが正しいと信じて生きてきて、自分が家庭を持ったら、「うん?」って。一瞬疑問符が出てきたけど、それでも自分がやるべきことをしっかり全うしなきゃいけないという思いでやってきて。でも、自分がその戦場から離れた時に、そばにいてくれる家族の愛情をしっかりと感じて……。
自分も田舎から出てきて、どっかそんな思いでやってきたような気がするんです。宮嶋は自分の育ったふるさとに戻ってきます。一番自分が安心できる場所だったんでしょうね。それはもう、すごく分かるような気がするんです。だから、そこはもしかしたら自分の気持ちを重ねてもいいのかなと思って、短い時間でしたが、宮嶋をやらせてもらいました。
柳葉:幸せだったんじゃないですかね。宮嶋が逝く時は、もう「ありがとう」と「ごめんな」だけだったんです。それは息子や家族だけじゃなくて、きっと自分が過ごしてきた何十年かの、いろんなものに対しての「ありがとう」と「ごめんな」ということだと思うんです。だから、それが言えた、そう思えたってことは、幸せなんじゃないすかね。それを自分でしっかり感じることができたということは。僕はそう思ってます。
柳葉:松坂君とすずちゃんは初めてだったので、これは普通に新鮮だったんですけど、吉永さんに関しては16年ぶりでした。ただ、その16年を感じなかったんですよね。大女優・吉永小百合さんに向かっていくわけですから、その心構えと覚悟を持って現場に入るんですけど、終わってみると、吉永さんのあったかさ、おおらかさ、例えばせりふで厳しいことをおっしゃったにしても、そこにはしっかりとした愛情が感じられる。それが16年前とちっとも変わってなくて。
僕はベッドの上でもがきながらも、吉永さんの眼差しだったり、ちょっとしたしぐさというものに、ものすごく安心させてもらえる。役者としてもそうですし、患者としてもそう感じられた。最終的には、吉永さんに包み込まれて終わっちまったなという(笑)。16年ぶりだけども、役者としてはこれも新鮮なシーンを過ごさせてもらいました。
柳葉:役者が役者を評するというのは、決してあってはいけないことだと思うのでね。ただ、息子の代わりを務めてくれた桃李くんの愛はしっかり感じましたし、それを見守ってるすずちゃんの愛もしっかり感じました。
でも、監督いわく、本当はあんなシーンになるはずじゃなかったらしいんです。
柳葉:息子のふりをした桃李くんを、すずちゃんが客観的に見て、後でちょっと茶化すみたいな。そういうシーンにするはずが、そうじゃなくなった。自然にできたシーンだと監督はおっしゃってました。空気が、きっとものすごく純粋だったんじゃないかな。
当初は、彼女から見たら滑稽に見えてもいいんじゃないか、ぐらいのシーンだったらしいです。でも、そうじゃないですもんね。不思議ですよね、お芝居って。
早く「室井慎次」を払拭したい
柳葉:コロナ禍ということもあって、もちろんケアは万全に近い状態の中で行われました。ただ、撮るシーン重いんだけれども、現場は本当にホンワカしてるんです。そのホンワカした中でも、監督の言葉を借りると “コロナ禍の緊張感” がとってもいい緊張感になってたらしくて。ほとんどワンカットなんです。
硬い緊張感ではなくて、作品に対するみんなの思いや一体感があって、ものすごくいい緊張感だった、と監督はおっしゃっていました。僕らはまな板の上で役になりきって、感じるしかないですが、さっきの話ように、あるシーンが自然にとってもいい方向に変化してったっていうのがまさしく……いい環境がそこに生まれたんでしょうね。
柳葉:実は去年の頭に親父代わりのおじきを亡くしまして。がんだったんですが、亡くなる当日、一緒に時間を過ごせたんです。僕自身は患者になった経験はないんですが、そのおじきの姿を思い出しながら、表現につなげていこうと思ったんです。ただ、その表現は自分では見られないですから、できることはやっぱり気持ちを作ることです。「ありがとう」と「ごめんな」っていう言葉。自分の中でそれを繰り返しながら、ずっとあのシーンは過ごしてました。呼吸の仕方なども、ご指導していただきながらの表現だったんですけど、とりあえず全力は尽くしました。
柳葉:そうですね。
柳葉:怖さはあります。でもね、今回に関してはそれがないんです。これが不思議なんですよ。何なんでしょうかね? 失敗したらとか、うまくできてないんじゃないかとか、普通だったらそういう思いがどっかよぎるんですけど、今回なかったんです。ものすごく安心してたというか。何だろう。変にこうお芝居をしなくてもいいんだなっていう。言葉で何て表現していいか分からないですが。
柳葉:いや。やっぱり空気なんです。「これワンカットで行きます」と言われると、普通は変な緊張はするんですけど、なかったんですよね。皆さんがそばにいてくれてる安心感。囲まれてる安心感だけです、覚えてるのは。
柳葉:まさにその写真が撮られた時のことなんですが。いつものように、柔らかい口調で。秋田のある学校で講演をよくなされていたらしくて、その話題になって「そういや、ギバちゃん、いま秋田だろう。俺たまに行くんだよ。その時一緒にやんないか? 終わってから一緒に飯でも。絶対来てよ」と話していらしたんです。
柳葉:うん。悔しいっすよね。信じられない。もうほんと信じられないですよね。その時の優しさって、本当にまだしっかりと残ってますから。会長はいつも気持ちをこめて、現場によく足を運んでくださる人で、自分が関わった作品に対しての思い入れをしっかりと持っていらした方ですから、この作品を最後まで見届けられなかったという思いは、ご本人が一番寂しかったとは思います。この作品に参加させてもらって、全力尽くさせてもらって、少しでも恩返しができたのかなという思いです。
柳葉:はい。16年になります。
柳葉:僕は、はなから東京に骨をうずめるつもりはなかったんです。いずれ田舎へ帰って子育てしたい、俺が育ててもらった所を感じてもらいたいというか。いろんな意味で、純粋な気持ちを持てる人間に育ってもらいたいという思いがありました。俺が戻る時は、それほど覚悟はなかったんですけど、かみさんは大変だったと思います。
東京って余計なものが多すぎると俺は思うんです。親としての責任は持てないな、と。自分が育った所だったら、父親としてしっかりと子どもたちを見守ってあげられるという思いですかね。
柳葉:どうなんでしょうね。そこに関しては……宮嶋が本当はどう思ってたのか。そこはちょっと何とも言えないところがあります。
柳葉:そうですね。人に言われて分かることっていっぱいありますからね。
柳葉:うん。僕も、そこはあまり監督には相談はしなかったです。明らかにする必要はないのかな、と。あくまでも宮嶋の家族との関わり合い方を、生き様として表現すればいいのかなと解釈しました。
柳葉:大きな変化はないですけど、あらためて感じたことはあって。この間、舞台挨拶させてもらった時に自然と出てきた言葉なんですけど、「小さいながらもしっかりとした覚悟を持って、その先にある大きな希望に向かって歩んでいきましょう」と。自分にも言い聞かせながら。
自分も人生の第4コーナーを回って、あとまっすぐ直線を走るしかないので。ゴールに向かって、もう1回、自分にムチを入れなきゃいけないなという言葉がこれだったんです。
今、こんなさなかで、皆さんそれぞれご苦労されてると思いますが、そこに当てはまるような気がして。人生の終焉を迎えるまで、という考え方もあるでしょうし、終焉を迎えた本人以外の方たちの気持ちにも通じるような気がするんです。この作品に参加させてもらって、改めて、そういう思いでこれから時を過ごしていきたいですね。
柳葉:俳優として、ですか。目指したいもの……。早く「室井慎次」を払拭したいですね。イメージがね、どうしてもあるようで。
柳葉:はい。ただ、それを払拭できるような仕事がしたいなと思います。普通のおっちゃんとか。
今回の仕事も実はそうだと思うんです。元官僚という設定ですけど、1人の男として、ものすごく純粋な気持ちを持った人間を表現させてもらった気もするんです。だから、これが3シーンじゃなくて、10シーンぐらいは出られるような仕事を(笑)。
柳葉:まあ、そこにこの作品の良さがあるんじゃないですかね。それぞれの生活に結び付けていけるところがいっぱいあるような気がします。
(text:冨永由紀/photo:小川拓洋)
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