『狂猿』葛西純インタビュー

デスマッチファイターに密着「体張って命削っている」自負と不安の狭間で

#デスマッチ#プロレス#葛西純

葛西純

やり遂げてきたことに対する誇りと、これからに対する不安が共存

『狂猿』
2021年5月28日より順次公開
(C)2021 Jun Kasai Movie Project.

「デスマッチプロレスラー」の第一人者・葛西純を追ったドキュメンタリー映画『狂猿』が5月28日より全国公開される。“クレイジーモンキー”と呼ばれ、強烈なインパクトを与え続けてきた葛西純だが、長年の激闘が原因の首と腰のヘルニアにより2019年12月から長期欠場に入る。復帰へ向けて調整を続ける葛西だったが、新型コロナウイルスという未曾有の事態がプロレス界にも襲いかかる。

緊急事態宣言明けの2020年6月10日、葛西の所属する団体「FREEDOMS」はまだどこの団体も決断できなかった有観客興行の開催を決定する。この日が葛西の復帰戦となった。しかし、そこにはこれまでとは全く違う景色が広がっていた。

葛西復帰までの約1年間をカメラと共に密着。葛西本人、家族、盟友、ライバルたち……様々な証言から、デスマッチと共に歩んできた葛西のプロレス人生を軌跡と、葛西自身のプロレスへの思いを浮かび上がらせていく。監督は数々のミュージックビデオや音楽ドキュメンタリーを発表した映画監督・川口潤が務めている。

主演の「46歳、職業=デスマッチファイター」葛西純に、「デスマッチ」を通じて伝えたいこと、自身のドキュメンタリー映画を見た感想、そして、これからの人生について話を聞いた。

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──先に行われた関係者試写会では、所属するFREEDOMS以外からも、元AKBの倉持明日香さんや、新日本プロレスの高橋ヒロム選手など、錚々たるゲストがいらっしゃったようで、SNSやブログで称賛されています。葛西さん自身が、似顔絵やイラスト、物販用のTシャツのデザインなど、多くのジャンルで才能を発揮されている面も含めまして、その人脈も多彩でいらっしゃいます。今回のドキュメンタリー映画制作も、その延長線上になのでしょうか? 制作に至った経緯も含めて、お教え願えますでしょうか?

葛西:まず、「葛西純」というプロレスラーを題材にしたドキュメンタリー映画を撮らせてほしいとお話をいただいた時、この時代に血だらけでお客さんの前で戦ってる人間が存在してることすら知らない人が大半だと思ったんですよね。そういった方々に向けて、プロレスというカテゴリー、デスマッチというカテゴリーに、「葛西純」という人間がいるってことを、少しでも知っていただけたらいいなと思って、プロデューサーに押される形で、自分でも「デスマッチというカテゴリーが、世の中にあるんだよ」っていうのを、少しでも知ってもらいたくて、“じゃあやりましょう”という感じで、今回のこの『狂猿』というドキュメンタリー映画の制作に至りました。

葛西純

──一方で、映画にも登場する娘さんの“ジプシー嬢”を溺愛する姿、息子が登場するメディアを家の壁一面に貼って、遠く帯広から温かい目で見守っているお母様、そして、一番の葛西ファンであり、デスマッチプロレスの理解者でもある奥様も含めて、プライベートも惜しげもなく披露しています。「デスマッチプロレスラーである自分を語る上で、家族の存在は欠かせない」と語ってはいますが、これまでの道のりで、ご苦労や、経済面など不安を掛けられた部分もあったのでは?

葛西:不安があるかないかといえば、不安しかないですよね。まぁ、やっていることはやっていることだし……。要は、裸一貫でリングで血だらけになりながら、体張って命削っているので、いつ命を失ってもおかしくないことをやっているという自負もありますし、大ケガして、二度とリングに上がれない体になってもおかしくないことをやっているという自負もあります。そういった中で、夜、布団に入って目をつぶった時に、「あぁ、これからの俺の人生どうなっちゃうんだろうなぁ」と眠れなくなる時もあります。でも、自分の好きなことで子どもを養って、家族を養ってメシを食わしてるっていう誇りもありますし……難しいですよね。一言では言い表せない46年の人生で、自分の中では、体一つで好きなデスマッチをやって、自伝を発売するところまで来て、ドキュメンタリー映画を作ってもらうところまで来て、満足感じゃないですけど、自分の中では明日死んでも悔いはないと言えるぐらいの濃い人生を送ってきたというのもありますし……でも、なんか難しいですよね。かといって、自分のこれからの将来、年を取った時に果たして今のままの感じで家族を養っていけるんだろうかという不安もありますし……。なんていうんですかねぇ……太宰治風にいうと「選ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」。自分がやり遂げてきたことに対する誇りと、これからに対する不安の二つがありますね。

──監督は、“ドキュメンタリー映画制作のプロフェッショナル”ともいえる川口潤氏が務められていますが、どういった繋がりで、このカップリングが生まれたのでしょうか? また、葛西選手自身、映画の仕上がりについて、どのような思いでご覧になったのでしょうか?

葛西:実は川口監督は、この『狂猿』というドキュメンタリー映画をやるまでは、お名前も存じ上げていませんでした。そんな中でプロデューサーに紹介されて……。自分の中で「映画監督」といえば、メガホンを持ってガミガミ怒鳴ってるイメージしかなかったので、「怖い人だったらイヤだなぁ……」と思っていたんですけど、実際の川口監督は、物腰も柔らかくて、内心「良かったぁ」と思いましたね。撮影前は「こんなエンディングになるんだろうな」という青写真があったんですが、撮影中にコロナ禍になりまして、自分の思い描いていたエンディングが全くなくなってしまって、結果、自分が想像もしていなかったようなエンディングになったんですけど……。自分の中では、川口潤監督が、この約1年にわたって、葛西純の私生活やリング上を追いかけて下さったんですけど、川口潤監督が1年間撮り続けた映像を駆使して作ったエンディングとしては100点満点だったかなと、見終わって感じました。

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──葛西選手が描いていたエンディングとは、もっとハッピーエンドなものだったんでしょうか?

葛西:そうですね。

──映画の序盤で、一番最初に憧れたレスラーは、全日本プロレスに参戦していたブルーザー・ブロディだと語っていましたが、46歳のベテランとなった今、注目している、或いは気になっているレスラーや格闘家、もしくはタレントなどはいますか?

葛西:おー、そうですね~。気になるどころか、日々、自分が生きていくだけで精一杯なので、考える時もないですけど……。“表現者”として23年間プロレスをやってきて、若い頃は、「プロレスを好きでやっているけど、だからといって、体が動かなくなってもやり続けるのはどうかな」とか……、「少しでもパフォーマンスが落ちることがあれば、もう引退した方がいい」と……。「『葛西、もう動けねぇよ』だとか、『見ていて辛くなるから、葛西もう辞めろよ』だとか言われる前に引退しようか」と思っていたんですけど、ある日に動画で、矢沢永吉さんのライブの舞台裏のドキュメントを見た時に、なんだ俺、今まで年齢にすごくこだわって、“年老いたらカッコ悪い”とか、自分の中で固定観念を勝手に作っていたんだなと……、“年とってもカッコいい人はカッコいいんだな”と…、矢沢さんを見て、年取っててもカッコいい人はカッコいいんだな、若くてもダサい奴はダサいし、カッコ悪い奴はカッコ悪い。もう“年とかを気にするの辞~めた”って思っちゃったんですよ。そういう意味では、矢沢永吉さんには影響を受けました。生き方とか存在感に。

──天国にいらっしゃるお父様は「今の痛くねぇよ」とか「今の技は効いてねぇ」とか、いわゆる“ひねくれた”タイプのプロレスファンだったとのことですが、「葛西純のプロレス」は伝わっていると思いますか?

葛西:亡くなる前に、そんな親父が「純、もうあんな体痛めつけるようなことは辞めて、(実家の)帯広に帰ってこい」と言ったんで、その時点で、勝手な解釈ですけど、親父との競争には勝ったかな、勝負には勝ったかなと……。プロレスをそういう目でしか見ていなかった親父に、自分がやっているプロレスを見せて、“あんなこと辞めて、帯広に帰ってこい”と言わせた時に、親父との勝負には勝ったと思いましたね。だから、痛いほど(天国の父親には)伝わっているとは思います。

(text:寺島武志/photo:今井裕治)