マッツ・ミケルセン×トマス・ヴィンターベア、母国デンマークでの主演作
【週末シネマ】アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『アナザーラウンド』は、TVシリーズ『ハンニバル』や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で人気を博し、『ファンタスティック・ビースト3』など今後も大作出演が続くマッツ・ミケルセンの母国デンマークでの主演作。カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞作『偽りなき者』で組んだ盟友トマス・ヴィンターベア監督とのコンビで、またしても一筋縄ではいかないユニークな物語を作り上げた。
・“北欧の至宝”『ドクター・ストレンジ』マッツ・ミケルセン インタビュー
ほろ酔いで人生は変わるのか? 4人の男たちの検証に、呆れ、共感し…
主人公のマーティンは高校の歴史教師。面白みがない授業は生徒の不評を買い、共働きの妻とはすれ違い生活、息子2人とのコミュニケーションもうまくとれない。そんな彼が同僚で同年代の男性教師たち3人と、ある実験に挑戦する。それはノルウェーの哲学者が提唱する「人間は血中アルコール濃度を0.05パーセントに保つことでリラックスし、人生が向上する」という仮説の検証だ。
ただ気持ちよく酔っ払うだけではなく、ちゃんと記録をとり、飲酒の量やスケジュールも管理して、4人で実践するのが、いかにも教師らしい。勤務中も周囲の目を盗んで酒を飲み、その結果、確かに仕事も私生活も以前よりずっと順調に運ぶようになる。仮説は証明された。では……と彼らは独自にその先を追究し、思いもよらない方向へと進んでいく。
4人はどこにでもいる普通の中年男性だ。特に目立つ個性もなく平凡で、中には家庭もなく孤独に生きている者もいる。そんな彼らが、軽く飲んで少し気が大きくなると、それまでの味気なさが嘘のように生き生きとし出す。突拍子もない不謹慎な思いつきを大真面目に実行し、気心の知れた仲間内でじゃれ合う4人がたどる顛末は悲喜こもごもの人生そのものだ。呆れて見ながら、いつしか共感し、松尾芭蕉の句を思い出した。「おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな」の感覚だ。
元ダンサーのミケルセンがクライマックスで披露するダンスの美しさ!
英語で芝居するときはミステリアスで血も涙もないようなヴィランが絶品だが、母国語で芝居するときのマッツ・ミケルセンは、本当に普通の男の役がハマる。華やかでもなんでもない仕事に就き、堅実に過ごしてきた男が“中年の危機”に直面して自らを振り返る。そんなささやかなドラマをリアルに伝える表現力に見入ってしまう。
俳優になる前はバレエダンサーとして舞台に立っていたミケルセンが、満を持してダンスを披露するクライマックスが美しい。もったいぶるわけではなく、これ見よがしてもなく、今この時だからこそ、というタイミングで踊り出す。超絶技巧を次々繰り出すというより、マーティンとして心のままに動いているような舞いは、言葉にならない気持ちが見えるように雄弁だ。
ヴィンターベア監督は、映画のクランクイン直後に19歳の娘アイダを交通事故で亡くした。彼女は本作でミケルセンの娘役を演じるはずだった。マーティンたちが勤務する高校はアイダの母校で撮影し、生徒役で出演しているのは彼女の同級生たちだという。過酷な現実とどこか地続きになる環境が導き出した奇跡が、この作品だろう。おかしくて、悲しくて、やるせなくて、それでも生きる喜びにあふれている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アナザーラウンド』は2021年9月3日より公開
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