【週末シネマ】妻の死後、75歳でゲイ告白した父。本当にあった“映画みたい”な話
老年に達した父親が長年連れ添った妻を看取った途端、40手前の一人息子に「私はゲイだ。これからは本当の意味で人生を楽しみたい」と宣言する。まさに”映画みたい”な展開だが、これはマイク・ミルズ監督の実体験だという。
ミルズの父親は75歳で妻と死別した直後にカミングアウト、5年後にガンで亡くなるまで思う存分、人生を謳歌した。父の死から5か月間で書き上げた脚本には、新しい生き方を得て溌剌とした父の姿、父の告白から自身の幼少期を振り返り、両親について再考する主人公の姿、そして父の死後に彼が出会ったフランス人の女優との関係が描かれる。3つの出来事が全て現在進行形の物語となって渾然一体化して流れていく構成が面白い。
ユアン・マクレガー扮する主人公オリヴァーはアートディレクターの仕事で壁にぶつかる38歳、独身。カミングアウトをきっかけに、好奇心旺盛に様々なことにチャレンジする父の姿に戸惑いながらも静かに見守るのは、自分の殻を破って自由に生きる勇気を父の中に見たからなのだろう。何事にも控えめな主人公が表に出さない心の揺れをマクレガーは丁寧に演じている。
人生の最晩年を、かつてないほどの輝きをもって過ごした父親ハルを演じたクリストファー・プラマーは本作でゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞など数多くの映画賞で助演男優賞を受賞、27日(日本時間)に発表される第84回アカデミー賞でも助演男優賞にノミネートされている。悔いのない人生を送るために大胆な行動を取る老人を、ユーモアと気品を湛えて実にチャーミングに演じている。
父亡き後のオリヴァーが出会う恋人アナを演じるメラニー・ロランの奔放さと儚さが共存する女性像も魅力的。オリヴァーの愛犬アーサーも良き相棒として活躍するが、どれも決してやり過ぎない演出が心地よい。ただ面白おかしくするのではなく、ありのままの喜び、葛藤、愛、悲しみが、静かに誠実に描かれる。
”父と息子”というのは、国籍を問わず映画の格好の題材だ。父にも息子にもなれない身=女性として、こうした作品の数々に対して時に感じるのは、ちょっとドラマティック過ぎやしないか、ということだった。反発してきた亡父の深い愛情に息子がようやく気づいて号泣、というような定石通りの作品が増えたせいかもしれない。しかし、それは所詮、息子である自分ありきのお話に過ぎない。
『人生はビギナーズ』でオリヴァーは、ハルという人間が自分の父親としてだけ存在しているわけではないこと、父親もまた1人の男性であることを理解する。それは、相容れない関係だった父親が心を開き、本心をさらけ出してこその話。つまり、父親もまた息子を1人の男と見込んで、最大の信頼を寄せたということだ。子供の誕生の瞬間から、時の経過とともに変化し続ける親子という関係が到達する理想の境地ではないだろうか。
『人生はビギナーズ』は2月4日より新宿バルト9ほかにて全国順次公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
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