「34年後も世界の音楽ファンはスミスを必要としているよ」と伝えたくなる愛すべき青春映画

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ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド
『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』
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ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド
ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド

「ザ・スミスのファンによるラジオ局ジャック事件」が題材

【映画を聴く】『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』というタイトルは、イギリスの伝説的バンド、ザ・スミスが1987年1月にリリースしたシングル「Shoplifters of the World Unite」から取られている。最初に出てくる“Based on True Intentions”(偽らざる心の物語)というテロップが示す通り、この映画は事実に基づいているわけではなく、関係者や熱狂的なファンが語り継いできた「ザ・スミスのファンによるラジオ局ジャック事件」というある種の都市伝説に着想を得た青春ドラマである。ディープな題材を取り扱っているが「スミスのファン以外お断り」的なところはなく、音楽やポップカルチャーに夢中になった経験のある人なら誰もが共感できる部分のある作品に仕上がっている。監督は『スコット・ウォーカー 30世紀の男』や『JACO [ジャコ] 』などの音楽ドキュメンタリーで知られるスティーヴン・キジャック。X JAPANを題材とした2016年の『We Are X』もこの人の手によるものだ。

宮世琉弥がナレーションを担当! ザ・スミスの名曲を彩りに80年代が蘇る青春音楽映画

ヴォーカルのモリッシーとギターのジョニー・マーを中心にイギリスのマンチェスターで結成されたザ・スミスは、1983年5月にシングル「Hand in Glove」でデビュー。スミスというバンド名は、イギリスで最もありふれたファミリーネームの “Smith” に由来している。労働者階級の若者たちの憂鬱や怒りを投影したモリッシーによる文学性の高い歌詞と、キラキラと美しいギター・フレーズが散りばめられたマーによるポップな楽曲、映画のワンシーンなどを印象的に切り取ったアートワークや過激なライヴ・パフォーマンスが話題となり、母国イギリスではインディーズながらも国民的な人気を獲得。実質4年間のレコーディング活動で、4枚のオリジナル・アルバムと3枚のコンピレーション・アルバム、17枚のシングルなどを残している。「80年代のイギリスを代表するバンドは?」と質問されたら、「ザ・スミス」と答える音楽ファンは相当数にのぼるだろう。

ザ・スミスの解散が報じられた日、ファンの若者DJに銃を突きつけ…。

物語は、ザ・スミスの解散が報じられた1987年9月の米コロラド州デンバーでの1日を描いている。バンドに心酔しているレコードショップ店員のディーンは、同じくスミス・ファンで店の常連であるクレオに「考えがある。音楽の歴史に名を残せるかも」と告げ、その夜地元のヘヴィーメタル専門ラジオ局「KISS 101 FM」へ向かう。そしてDJの “フルメタル・ミッキー”に銃を突きつけ、ひと晩スミスのレコードをかけ続けるよう要求する。一方、友人たちと街へ繰り出したクレオは、立ち寄ったカフェでスミス・ファンがラジオ局をジャックしたことを知り、「The Queen is Dead」で踊りまくる。この時点でクレオは、そのスミス・ファンがディーンであることを知らない。

ザ・スミスの名曲が映画を彩り、物語を導く

本作ではザ・スミスの曲が実に20曲もかかるが、それぞれの曲が物語の流れや会話の内容と強く結びついている。たとえば、万引きの常習犯であるクレオがディーンの店でカセットテープをくすねて店を出るシーンでは「世界の万引き犯の諸君、団結して世界を征服しよう」と歌われる先述の「Shoplifters of the World Unite」がかかったり、DJのミッキーが「彼(ディーン)が “甘く優しい” かは知らんが、確実にフーリガンだ」という曲紹介とともに「Sweet and Tender Fooligan」をかけたり、ベジタリアンであるモリッシーの強烈なメッセージが込められた「Meat is Murder」を聴きながらディーンとミッキーの意外な共通点が明らかになったり。また、ディーンやクレオの会話にもモリッシーの歌詞が引用されていたりもする。なので、冒頭で「誰もが共感できる」と書いてはいるが、スミスのファンであるほどグッとくるディテイルが多いのは間違いない。

解散の真実は? 音楽だけでなく存在そのものが深読みを促す

ところで、タイトルにもなった「Shoplifters of the World Unite」という曲は、ソロ転身後のライヴではザ・スミスの曲を長らく封印してきたモリッシーが、1995年2月のステージで初めて歌ったスミス・ナンバーだったりもする。ザ・スミスの解散の理由については、いまだに様々な憶測が飛び交っている。1984年4月に結果的に最後のアルバムとなった『Strangeways, Here We Come』の録音が終了し、同年7月にジョニー・マーがバンドからの脱退を発表。一時は代わりのギタリストを探してバンドを継続する案もあったが、それが不可能という結論に至り、9月に正式に解散が発表された。「気難しいモリッシーにジョニーが愛想をつかした」とされることが多いが、実際には解散の直前まで2人の関係性は良好だったようだ。ブレディみかこさんの著作『いまモリッシーを聴くということ』(ele-king books)によると、アルバムを録音した4月の時点で2人は1組のピアスをそれぞれ右耳と左耳につけてテレビ出演するなど「ブロマンス的親密さを見せつけていた」とか。

そうなると、マーが脱退する7月までの3ヶ月に何があったのかが気になるところだが、結局のところ、簡単な言葉で説明できるほど真実はシンプルではないのだろう。本作を見ていると、解散に至るまでの2人の心の動きや、『モリッシー自伝』(イースト・プレス)でロマンチックに描かれている解散後初めての2人の再会、あるいは『ジョニー・マー自伝 ザ・スミスとギターと僕の音楽』(シンコーミュージック)で触れられているマンチェスターのパブでの “密談” などについても様々な妄想が広がる。両者がスミスを結成するまでを描いた映画『イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語』もその助けになるだろう。

『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』の場面写真はこちら

音楽だけではなく、存在そのものでファンに果てしない深読みを促すザ・スミス。見終わったあと、登場人物たちに「34年後も世界の音楽ファンはスミスを必要としているよ」と教えてあげたくなる。ジョン・カーニー監督の『シング・ストリート 未来へのうた』や『はじまりのうた』に続く音楽&青春映画の佳作として、たくさんの人に見ていただきたいと思う。(文:伊藤隆剛/音楽&映画ライター)

『ショップリフターズ・オブ・ザ・ワールド』は2021年12月3日より全国公開。