今年のアカデミー賞外国語映画賞に輝き、それに先立つゴールデン・グローブ賞外国語映画賞をはじめ数多くの映画賞を受賞した『別離』は、離婚や介護、格差といった現代に生きる者にとって普遍の問題を、異なる価値観が交錯するイランの2つの家族を中心に描く。
テヘランに暮らすある夫婦が離婚の危機を迎えている。英会話教師の妻は11歳になる娘の将来を考え、苦労の末に家族3人で国外移住許可を取得するが、銀行員の夫はアルツハイマー病の父を残していけないと拒む。話し合いは平行線をたどり、妻は娘を夫の元に残して家を出る。この辺りのなりゆきは我々にとっても「よくある」と思える展開だ。夫は家事と父の介護のために女性を雇う。
彼女の登場でもう1つの価値観が現われる。敬けんなイスラム教徒である彼女は、老人とはいえ夫以外の男性の世話をすることに強い抵抗がある。それでも、夫が失業中の彼女は背に腹は代えられず、介護に従事する。だが、夫には自分が働いていることを知られたくない。彼女と違う信条を持つ者──たとえば私は、いたずらに物事を複雑にするだけにも見えるその心理を奇異に感じる。どの登場人物についても、「わかる」と共感する場面と同じだけ、あるいはそれ以上に、そんな考え方をするのかと驚く瞬間が訪れる。
宗教に縛られすぎず、西欧文化に影響された生活を営む中流家庭に雇われた信心深い彼女は、何か1つ行動するにも、それが戒律に違反しないか、いちいち悩む。信仰や倫理観の相違から両者の間に生じた摩擦は次第に大きくなり、やがて彼女の不手際が端緒となった事件が発生する。
「今日の世界では答えよりも疑問が必要だと私は考えています」と語る監督のアスガー・ファルハディは前作『彼女が消えた浜辺』で、休暇先で失踪した女性をめぐる群像劇を通して現代イラン社会の知られざる側面を描いた。本作もまた、幾重にも伏線が張りめぐらされたサスペンス劇に、社会の現実と人々の意識の乖離という問題提起を共存させる。リアリティにあふれ、一面的ではない語り口を持つこの作品は政治的とも、複雑な人間関係を描くドラマとも、とらえることができる。
何が起きたのか、事実は1つだ。だが、それぞれの立場からの主張は異なる”真実”を語る。何か守らなければならないものがあるというのは、こういうことなのだ。嘘によって秘密を隠す。それが真相を明らかにすることよりも大切だと考える人間がいる。彼らはそうしなければ生きていけない状況に置かれている。しかし、それは宗教や因習にだけ関わることではない。彼らについて完全に他人事だと思える者はどれだけいるだろう? 日本という国で世界の様々な情報を見聞しながら生きていて、ふと考えさせられた。
『別離』は2012年4月7日よりBunkamura ル・シネマほかにて全国公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
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