仙人の風貌になった“世界で一番美しい少年”のドキュメンタリー
【週末シネマ】世界で一番美しい少年。この言葉は、映画『ベニスに死す』に出演して一躍脚光を浴びた当時16歳のビョルン・アンドレセンについて、彼を世に出したイタリアの巨匠、ルキノ・ヴィスコンティ監督が口にしたものだ。
・「ベルばら」オスカルのモデルだった!“世界で一番美しい少年”ゆえに見た天国と地獄
誰もが納得するキャッチフレーズをそのままタイトルにした本作は、アンドレセンが今も暮らす母国スウェーデンで製作されたドキュメンタリー。1971年の映画公開から半世紀経ち、60代半ばになったアンドレセンが、打ち上げ花火のように華やかで儚かった栄光と、その後に続いた困難の日々、複雑だった生い立ちや血縁者たちとの関係を振り返る。
白髪混じりの髪とひげを長く伸ばし、痩躯の仙人のような外見のアンドレセンはカメラの前で慎ましい日常を見せ、久々の映画出演作『ミッドサマー』のロケ地・ブダペストや思い出の場所である東京、パリ、そしてヴェネチアへと旅する。
ヴィスコンティに見出されたアンドレセン、その瞬間の記録映像も
本作には1970年代当時の記録映像も多数収められている。『ベニスに死す』で老齢の作曲家が魅入られる美少年・タジオ役のオーディション風景は、現代の感覚からすると衝撃的だ。ヴィスコンティの遠慮ないコメントとリクエストに戸惑い、ぎこちない笑顔を見せる15歳のアンドレセンの人生はその瞬間に変わった。
映画公開後、特に人気が沸騰した日本ではレコード・デビューし、チョコレートのCMにも出演するアイドルだった。アンドレセンは2018年に約50年ぶりに日本を再訪し、かつてのマネージャー、歌手デビューをバックアップした音楽プロデューサーの酒井政利氏と旧交を温め、アンドレセンをモデルに「ベルサイユのばら」のオスカルを描いた漫画家の池田理代子氏とも対面する。
日本語での挨拶が必ず「オハヨウゴザイマス」という芸能界仕様なのは、半世紀前の日本で彼がどう過ごしていたのかがわかる。朝から晩まで忙しく、怪しげな錠剤を飲まされて元気を出し、働き続けた。ヨーロッパに戻れば、その美貌が露骨に欲望の対象とされるもっと過酷な境遇が待っていた。
過去に向き合い、生き抜く。その姿は今なお美しい
アンドレセンは父親を知らず、幼くして母を亡くし、育ての親の祖母はステージママ化したという。そんな生い立ちや過去に受けた仕打ちを明かす語り口も表情も淡々としている。傷つきすぎた結果、何も期待しなくなった。そんな風にも見える。だが人を寄せつけない頑なさもない。そして、今作のスタッフの力を借りて、疎遠になっていた関係者や記録をたどり、知らなかった“自分”を探していく。
何も包み隠さず赤裸々に、全てを観客とシェアする代償として、ようやく自分自身も知らなかった過去にアクセスする。そのオープンな姿勢は、きっと15歳の頃から今も変わらず、ナイーブで繊細なビョルン・アンドレセンという存在そのものの人柄なのだろう。あまりにも多くの悲しみの1つ1つを生き抜き、これからも生きていく。あの夏のタジオのように、冬の海辺に佇む今のビョルン・アンドレセンの姿も美しいのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『世界で一番美しい少年』は2021年12月17日より全国順次公開。
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