【週末シネマ】どこまで本当でどこまでが嘘? 非難集中、悪ふざけ映画の不思議な魅力
昨年9月、映画やドラマで大活躍の香川照之が息子と共に歌舞伎に挑戦するという驚愕のニュースが流れたとき、すぐ頭に浮かんだのがホアキン・フェニックスだった。遡ること3年前の2008年10月、フェニックスは、俳優を辞めてラッパーに転向すると宣言したのだ。30代半ばにして2度のオスカー候補を経験し、俳優として順風満帆だった彼の突然の進路変更は大ニュースとなり、その才能を惜しむ声が次々と寄せられるなか、彼は表舞台から姿を消した。
そして2年後、ラッパーを目指して悪戦苦闘するホアキンに密着した本作が発表された。当初から、義弟で俳優のケイシー・アフレックがドキュメンタリーを製作するとの報道があり、完成を待ちわびるファンも少なくなかったが、そこに映し出されていたのは、髪もひげも伸び放題で激太りしたホアキンが酒やドラッグに溺れ、取り巻きたちを虫けらのように扱う醜態だった。
聴くに耐えないラップを披露する姿はまるで「ドラえもん」のジャイアンのよう。いや、ジャイアンならもう少し可愛げがある。ホアキンがすごいのは、身内に対してのみならず部外者に対しても徹底して無礼なことだ。映画出演の依頼を携えてやって来たベン・スティラーにも、テレビ番組の司会者にも、アルバムのプロデュースを引き受けてくれたヒップホップ界の重鎮、ショーン・コムズ(ディディ)に対しても、クズな態度を貫くのだ。
電話でコールガールを呼び、コカインを吸う。レオナルド・ディカプリオについて「俺より運がいいだけだ!」と嫉妬丸出しで叫び、マスコミに自分のネタを売ったのではないかと仲間の1人を疑い、信じがたい復讐をする。ここまで描写がエスカレートすると、よっぽどのお人好しでもない限り、これは実録なのか? と疑い始めるだろう。その疑念はもっとも。本作はモキュメンタリー(※)なのだ。全米公開から2週間後、俳優引退とラッパー転向宣言も、その後の奇行の数々も、『容疑者、ホアキン・フェニックス』という作品のための嘘だったことをケイシー・アフレックが認め、度の過ぎた悪ふざけに世間からの非難が集中した。
だが、「全て嘘でした」の言葉をまともに受けとることも出来ない気がする。もちろん、映っているのはありのままのホアキン・フェニックスではないだろう。同時に、完全な作り物ではない生々しさがある。嘘から出た誠というか、あまりの痛々しさに「全部嘘です」とでも言わなければ、やり切れないのでは? と思うのだ。不器用でダサくて、損な役回り。ホアキンは子役時代からそういう、よく吠える弱い犬のようなキャラクターを演じ続けてきた。それを見続けたこちらが、勝手に彼自身もそんな人物だと錯覚しているのだろうか? 彼を案じて訪問し、親身になって語りかけるエドワード・ジェイムズ・オルモスに対して“ラッパー志望の元俳優”を演じ続けた彼の心境はどんなものだったのか? こんなことを考えるのも、巧い役者に乗せられたということなのか。種明かしを知ったうえで見る本作には、時間とお金と才能の無駄遣い、と簡単に切り捨てられない不思議な魅力、引力がある。
『容疑者、ホアキン・フェニックス』は4月28日よりシネマライズほかにて全国順次公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
※モキュメンタリー:ドキュメンタリー形式で作った虚構の作品
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