『ラム・ダイアリー』
日本でも一般紙にまで報じられたジョニー・デップと長年のパートナー、ヴァネッサ・パラディの破局の一因と言われているのが本作『ラム・ダイアリー』だ。下世話な紹介の仕方だが、自らを取り巻く環境から逃れ、流れ着いた先で更に深みにはまってゆく男の話、といえば、デップ自身の現在進行形の境遇と重なって見えなくもない。
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デップが製作もつとめる本作は、彼の盟友で今は亡きジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンの自伝的小説を映画化したもの。トンプソンが長年放置していた原稿を発見、出版を勧めたうえで映画化に尽力したのだ。実現までに長い年月を要したが、デップが亡き友のために何としても作りたかったという執念の一作であり、その気合いは十分に伝わってくる。
舞台は1960年、プエルトリコ。ニューヨークで活躍していたジャーナリストのポール・ケンプ(デップ)はローカル紙の記者として働き始める。神経を研ぎ澄ませていた都会から、南米のゆるい空気に包まれて仲間の記者やカメラマンとラム酒をあおりながら、地元の些細な話題を記事にしていく日々は、1人の美女・シュノー(アンバー・ハード)との出会いから一変する。彼女はアメリカ人企業家・サンダーソン(アーロン・エッカート)の婚約者で、ケンプは彼の事業について提灯記事を書くよう要請される。
サンダーソンとパートナーが進める土地計画の違法性を疑い、仕事を受けるべきか苦悩する一方で、奔放な魅力あふれるシュノーの虜にもなっていくケンプ。不屈の反骨精神が酒と色恋でぐらぐら揺らぐ危うさを演じるデップのやさぐれた二枚目ぶりには、年相応の草臥(くたび)れも漂い、味がある。そして、ケンプを悪夢へと引きずり込むシュノーを演じたアンバー・ハードこそ、デップとパラディの破局を招いた存在とうわさされている女優だ。ドレスアップして完璧なメイクの時に醸し出す挑発的な態度、メイクを落としてシンプルな装いになった時のあどけなく無防備な表情。そのギャップは確かに強烈な引力で、これぞファムファタールという存在感を示す。
監督は、カルト的人気を誇るイギリス映画『ウィズネイルと僕』(88年)のブルース・ロビンソン。元々は俳優で、トリュフォーの傑作『アデルの恋の物語』でイザベル・アジャーニを恋に狂わす美青年役でも知られる彼だが、20年近くメガホンを執っていなかった彼の起用をデップが熱望し、実現した。金持ちのアメリカ人が住む白亜の豪邸と地元民が暮らす古びた街並みを往き来しながら、そのどちらにも属し切れず、よそ者にしかなれないケンプが彷徨うように、物語は狂騒のなかをあてどなく進んでいく。
アウトローを好んで演じるデップだが、とりわけ90年代までは負け犬風情のはみ出し者がよく似合う俳優だった。自堕落に生きながら、正義を捨て切れない。それゆえ味わう苦い敗北感をにじませる本作で、久々にそんな表情を見られたのは一ファンとして喜ばしい限り。悩めるロマンチストというケンプ=トンプソンの本質は、デップにも当てはまる。彼はトンプソン原作の『ラスベガスをやっつけろ』(98年)でも、作者をモデルにした主人公を演じている。時を経て、再び盟友の魂を自身のなかに蘇らせた経験はやはり生身のデップ本人に多大な影響を与えたと言えるのではないか。将来、デップのキャリア上で転機となった作品と目される可能性を秘めた一作かもしれない。
『ラム・ダイアリー』は6月30日より新宿ピカデリーほかにて全国公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)
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