【週末シネマ】『夜のとばりの物語』
普段はそれほど意識せずとも、日々の生活のなかで“美”は欠かせない栄養だ。フランスアニメーション界の鬼才ミッシェル・オスロ監督の新作『夜のとばりの物語』は、圧倒的な“美”を心ゆくまで浴びることができる。
これまでにない独特な色彩とタッチでアフリカの大地の風を感じさせ、最後に温かな気持ちを呼ぶ『キリクと魔女』(98年)、影絵の手法を用いて光と影のコントラストを突き詰めた短編集『プリン&プリンセス』(99年)(日本を舞台にした一編もあるぞ)、3DCGを取り入れ、エキゾチックかつ絢爛な装飾的スタイルが目を奪う世界で、人種や身分などの差異に正面から挑んだ『アズールとアスマール』(06年)。
それぞれに違った方法を使い、オリジナリティあふれる世界を生み出してきたが、同時に、一見してオスロ監督の作品だと分かる。その鬼才が新たに届けてくれたのが『夜のとばりの物語』である。今回は3Dに挑戦。『プリンス&プリンセス』の親戚ともいえるオムニバスで、黒のパワーに惹きつけられる影絵風の手法も健在だ。
『プリンス&プリンセス』で各短編を繋いだ、夜を迎えた古い映画館でお話を紡ぐ少年と少女、そして映写技師の老人が再び登場。少年と少女が6つの世界の主人公となり、物語を創造していく。
要領のいい姉と純真な妹がひとりの騎士に恋をする「狼男」。散歩をするうち、死者の国に迷い込んでしまった少年が王の娘に会いにいく「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」。恐ろしい魔術師から逃げることに成功した若者と恋人、だが若者の目の前で恋人が呪いにかけられてしまう「鹿になった娘と建築家の息子」などのおとぎ話が語られていく。
直線と曲線の融合に目を見張り、多彩なオーラを放つ緑、青、茶、赤の、ひと言に収まりきらない背景に溜息が漏れる。森や大地、妖精の館、そして朝陽を浴びる山岳の眩しさなどは鳥肌モノである。
物語にも注目したい。狼男や死者の国、ドラゴンに魔術師や妖精と、オスロ監督らしいロマンチックな題材が多いが、ユニークさやシニカルな目を持っているのもオスロ監督の魅力。筆者が一番好きなエピソードは「ティ・ジャンと瓜ふたつ姫」。行く手を阻む蜂たちに対して取る少年ティ・ジャンの行動にはオスロ監督の信念が感じられ、またラストのオチには監督の茶目っ気たっぷりな性格が出ていて楽しくなった。
ところで、本作は三鷹の森ジブリ美術館、スタジオジブリ配給作品である。ジブリは“三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー”としてこれまでにも多くの傑作アニメーションを紹介してきた。
オスロ監督の作品はもちろん、『王と鳥』(80年)、『ベルヴィル・ランデブー』(02年)、『バッタ君町に行く』(41年)と筆者が大好きな作品がずらずら並ぶ。別に回し者ではないが、映画館で『夜のとばりの物語』、自宅では“三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー”作品群に浸かって、“美”の栄養補給をしてほしい。
『夜のとばりの物語』は6月30日より新宿バルト9ほかにて全国順次公開される。(文:望月ふみ/ライター)
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