芥川賞受賞した西村賢太原作の同名私小説を森山未来主演、高良健吾共演、おまけに“私小説”なのに“映画オリジナルヒロイン”を前田敦子が演じて映画化した『苦役列車』。映画鑑賞前は原作を未読だったが、どう考えても無理ありすぎ、と斜に構えた態度で試写に臨んだ。
西村賢太を投影させた主人公の北町貫多は、中卒ということにコンプレックスを抱きつつ湾岸荷役の日雇い労働で賃金を得ては酒と風俗に使い果たす、その日暮らしをしている青年だ。性格もひねくれまくっていて、中学卒業後は彼女はもちろん友だちと呼べる間柄もおらず、読書だけを楽しみに日々を送っている。その貫多が初めて個人的に親しくなる好青年の日下部やマドンナと出会いながら、基本的には社会の底辺で出口が見えないままさまよう姿が描かれていく。
原作自体、もっと湿った重さを含み、文体も作者自身が文学に慣れ親しんできたからか、その中卒というコンプレックスの裏返しかというと失礼かもしれないが、やたらと文語表現でおよそキャッチーではない。どうにもこうにも食べづらい素材を、旬の俳優やアイドルを起用して、観客のお口に合うようにと必死にお伺いをたてているように思えてしまう。監督は『マイ・バック・ページ』などの山下敦弘が手掛けているから安心感あるものの、なんとか文芸的な香りのする青春映画路線にしようとしていることも推測される。
だって東京MXの『5時に夢中!』で贅肉を揺らしながらすらすらと下ネタを語り、岩井志麻子をも黙らせているような西村賢太を、あのシュッとした森山が演じるなんて。そもそも森山自体どうも役者として今まで個人的に信用できなかった。個性的な顔立ちながら役をさらりと着こなしてしまう、その小器用さが逆に騙されていると意識させられてしまうためだろうか。
しかし、本作で彼をついに認めることになってしまった。役作りのために実際に酒と煙草と本と共に風呂なしの安宿で過ごしたという彼は、aikoを彷彿とさせるような顔立ちで、シュッとしたイメージはなくむくんでいて、薄汚れた衣服に身を包んだ姿は取るに足らないしょーもない人物像が滲み出ている。そして、なんと言っても物の食べ方にハートを射抜かれてしまった。湾岸荷役の昼飯で、腹さえふくれればいいような栄養バランスの悪い弁当を頬張る、その顔の貧相なこと。ごはんがこぼれそうになりながら日下部にぎこちなく笑いかける口もとのみっともないこと。言葉は悪いが、ああ、育ちが悪いんだな、と一瞬にして納得させられてしまう。
さらに、浅はかな浪費をしては嘘をついたり無心したりしてその場逃れをし、女性は性欲の対象でしかなく、プライド高くてすぐに突っかかってくる、この、関わると面倒臭い貫多という人物を、ただの不快な輩で終わらせていない。本当は寂しがり屋な人懐こさを漂わせ、多かれ少なかれ誰もが通るこの年頃のコンプレックスと自尊心のせめぎ合いを見え隠れさせ、なぜか憎めない男として存在を確固たるものとしているのだ。監督の腕もあるが、やはり森山の役者としての力量がなければ不可能だろう。
そして、共演の高良健吾も人がいいけど世渡り上手でもある普通の学生を好演し、映画オリジナルヒロインを演じるあからさまな客寄せパンダの前田敦子も思いのほか大健闘。日本人らしい平面顔が時代を感じさせず、もしかしたら手が届くかもしれないマドンナ役にハマッている。どしゃ降りのなかでの貫多との絡みのシーンは痛快感さえあり、下着姿で海に入るシーンなど、アイドルとしてはがんばったなと言いたい。
もちろん、山下監督もその手腕を遺憾なく発揮して、今回も青春映画としても完成度の高いものに昇華。時折流れる「線路は続くよどこまでも」は見る者にも捧げられた応援歌にも思え、ラストの貫多の背中に頼もしい勇気がただよう。お世辞にもさわやかとは言えない青春ではあるが、どうしようもない鬱屈した人生でも、自分が好きな世界に出会えれば救いはあると伝わってくる。貫多の場合はそれが読書であり、彼には文才もあったわけだが、好きな世界を見つけられれば人生は味方してくれるだろうと思えてくるのだ。
役者・森山未來の力量と山下敦弘監督の揺るぎない手腕に予想以上に感動させられ、勇気づけられた青春映画だった。
『苦役列車』は7月14日より全国公開される。(文:入江奈々/ライター)
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