『夢売るふたり』
『最強のふたり』という映画が現在公開中だが、この『夢売るふたり』に登場する2人も、ある意味“最強”だ。東京の片隅で小料理屋を営んでいた夫婦が、結婚詐欺に手を染め、次々と女たちを騙していく。夫の貫也を阿部サダヲ、妻の里子を松たか子が演じる。これだけ聞くと、風変わりでちょっと気の利いたコメディを連想したくなる。『ディア・ドクター』から3年ぶりとなる西川美和監督の新作は、実際、喜劇調なタッチもあるが、目標を定めながら迷走し続ける夫婦の物語はおかしくも哀しく、恐ろしささえ呼び起こす。
仕事に誇りを持つ腕のいい板前だが、驕ったところのない貫也と、しっかり者の里子の店は繁盛し、夫婦はささやかながら幸せな日々を送っていた。が、火事で店を焼失、再起のための資金作りとして思いついたのが結婚詐欺。妻が目をつけた獲物=孤独な女性たちを夫が誘惑し、彼女たちから金をせしめるのだ。
当初、失意の貫也は働く気力さえ無くして呆然と過ごしている。世を拗ねてつかいものにならない夫を支えて健気に働く里子は、松が3年前に演じた『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』のヒロインみたい、などと思っていると、だんだん雲行きが怪しくなる。やがて、堅実に生きてきた2人が道を踏み外す時が訪れる。女性の心を瞬時に掴むという貫也の才能に里子が気づいた瞬間からの展開は速い。結婚に対する強迫観念を持つOL、スポーツ選手、風俗嬢、シングルマザー等々、獲物を狩っていく夫婦間で次第に男女の役割が逆転していくように見える。妻の指令に大した罪の意識も持たずに従い、軽やかに女たちの間を飛び回る貫也。夫を自在に操りながら、どす黒いものを心に溜めていき、頑になっていく里子。男の中にある女らしさ、女の中の男らしさを見せられるようで面白い。
それにしても、西川美和の洞察力の鋭さと想像力の深さには驚嘆するばかり。こちらは女の目線でしか見ることはできないが、貫也に限らず、男性の登場人物の何気ない言動の中に「男っておめでたいよね」と思う瞬間がある。女性の内面を、潜在意識のレベルまで踏み込んでえぐり出す情け容赦なさに戦慄する。
“夢”と“幸せ”は相性が悪いものなのかもしれない。“幸せ”という夢を売っているつもりの2人だが、それこそ太宰治の小説のように確信犯的になりきれない分、彼らは傷ついていく。そこから、西川作品に常に感じてきたことを思い出す。幸せ、というか“平穏無事である”ということに対する強烈なアンチテーゼ。「人生、こんなもんじゃないだろう」とばかりに、多くの人があえて触れずにいるパンドラの匣を開けてみせる。幸福という幻想は、些細なことで簡単に崩れさる脆いもの。そんな身も蓋もない現実を突きつけられる。だが、不思議と後味は清々しい。劇中で語られる言葉の中に、西川監督の幸福観がうかがえる。そこに強く共感したからかもしれない。誰に褒められなくたっていい。人生を卑怯なことにはしたくないのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『夢売るふたり』は9月8日より新宿ピカデリーほかにて全国公開される。
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