『わたしたちの宣戦布告』
宣戦布告をした。誰が? まだ乳児の息子が難病と診断されたある若いカップルが。何に対して? 息子の病気? いや、それだけではない。彼らを取り巻く世界のすべてに、そして自分たち自身にも。女優であり、映画監督でもあるヴァレリー・ドンゼッリと俳優のジェレミー・エルカイムが実体験をもとに作り上げた『わたしたちの宣戦布告』は、難病ものというクリシェでは括れない、活き活きとした躍動感すら漂う異色のラブストーリーだ。
物語は、エルカイムとドンゼッリが演じるカップル、ロメオとジュリエットが運命的な出会いをするところから始まる。恋に落ち、息子が生まれ、アダムと名づける。親というより、新しい玩具を手にした子どものように無邪気に喜ぶ2人は、今度は子育ての大変さに直面して音を上げそうになったり……、能天気なほど悩みのない、要は普通の幸せなカップルだった。やがて、いつまでも泣き止まない、歩くことのできないわが子の健康に不安を抱いた2人はアダムを病院に連れて行き、そこでラブドイド腫瘍という難病と診断される。回復の可能性は約10パーセントだ。
この日から、ロメオとジュリエットの生活はアダムの闘病一色になる。つらい治療を受ける息子に付き添うために仕事も辞め、アパートも売り払い、両親や友人など周囲の人々も拒絶し、殻に閉じこもる。楽観的に力強く決意表明したかと思えば、真っ逆さまに悲観論にどっぷり浸かる。その様子が実にリアルなのだ。極めて感情的だが、喜怒哀楽をきれいに飾らず、むき出しでぶつけてくる。深刻な状況下に突発的に訪れる滑稽な瞬間、格好いいだけではやっていけない不様さ。人間が生きているというのは、こういうことなのだと思う。
現実生活においてパートナーだったドンゼッリとエルカイムが実際に息子の闘病に寄り添った経験に裏打ちされた脚本は、当事者だからこその大胆さとリアリズムに満ちている。撮影にはラストシーンを除いてキャノン5Dのスチールカメラが用いられ、登場人物たちにより近く、彼らの周りを自由に飛び回るように映していく。そして、全編に流れる音楽の多彩さも魅力的。クラシックの名曲から映画音楽、ロック、と様々な音色が、くるくると変わっていく主人公たちの心を映し出すようだ。まさか30年前のフレンチ・テクノ(と呼んでいいのか?)のアーティスト、ジャクノの曲がこんな形で聴けるとは、と個人的に感慨深いものがあった。選曲にも、ストーリーテリングにも、彼らのなかからしか生まれない鮮やかな色がある。軽やかだが、無重力状態でふわふわしているのではない重さがちゃんとある。生きているのだ。映画そのものに生命力があふれている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『わたしたちの宣戦布告』は、9月15日よりBunkamura ル・シネマほかにて全国順次公開される。
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