『これは映画ではない』
デビュー作『白い風船』(95年)でカンヌ、『チャドルと生きる』(00年)でヴェネチア、『オフサイド・ガールズ』(06年)でベルリン、と世界三大映画祭で受賞経験を持つイランの名匠、ジャファール・パナヒ監督は2010年から自宅軟禁状態になり、20年間の映画製作禁止を言い渡されている。現政権への反対派を支持する活動を理由とするものだ。本作は、マスコミとの接触も禁じられたパナヒが自分の置かれたありのままの現状を活かして作った“映画ではない”作品ということになる。
昨年5月、カンヌ国際映画祭で上映された本作は、USBファイルの形で極秘裏に映画祭まで届けられた。それに先立つ3月、軟禁中の自宅で撮影された作品には東日本大震災の甚大な被害を伝えるテレビニュース映像も収められている。
映画を撮りたい。でも、撮れない。ならば、とパナヒはiPhoneを片手に自分を撮り始めた。テヘランの高層マンションの自宅は広々としていて、軟禁されているとはいえ、それなりの暮らしぶりがうかがえる。外出中の妻との電話での会話、ペットのイグアナの様子など、さしてドラマティックでもない日常を記録していくパナヒは、やがて友人のモジタバ・ミルタマスブ監督を呼び出す。製作断念を余儀なくされた新作の構想を語るうちに演出プランを組み立て始め、「いけない、いけない」と自制して見せる。その姿をレンズがとらえることが、実は “映画”になっている。
けたたましい飼い犬を預けに来る隣人やゴミ回収の青年とのやりとりに漂うそこはかとないユーモア(彼らはなぜか撮影されることを全く意に介さない)、今後の対策について話し合う弁護士や友人との電話の会話が、虚と実を往き来する巧みな構造となって、イラン社会の現実をあぶり出す。
冗談を飛ばしながら、映画のセットのプランを再現すべく自宅の床にいそいそとテープを貼っていた彼が、ふと現実に立ち戻り、絶望する姿に胸が痛くなる。外へ出ては行けない監督は窓の外を映し、やがてドアを開け、エレベーターに乗る。新年を迎える花火が打ち上げられ、どこへ行くのか。何を映すのか。
昨年、カンヌでパナヒに代わって舞台挨拶に立ったミルタマスブもまた、その後拘束され、現在はパナヒ同様、自宅軟禁の状態が続いているという。75分という短い時間のなかに、持ちうる全てを注ぎ込み、創造し、危険を顧みず世界へと送り届けたこの“映画ではない何か”の訴えるものを、ぜひ直接体験してほしい。(文:冨永由紀/映画ライター)
『これは映画ではない』は9月22日よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開される。
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