『新しい靴を買わなくちゃ』
何とも言えない不思議な作品。中山美穂、北川悦吏子、岩井俊二、という名前が並ぶと、90年代に流行ったある種のスタイルを思い浮かべる。等身大のように見えて、実はあり得ないくらいロマンティックで切ない詩情あふれる世界。そこに、新たに向井理が加わる。現代の“理想の恋人”像を象徴するような彼のみならず、その妹役に桐谷美玲、彼女の恋人役に綾野剛という、まさに今が旬の若手もいる。しかも舞台はパリ。異国の地で1人で生きる女性と日本から来た青年が過ごす3日間を描くという、笑えるくらい狙い澄ました設定だ。
パリでフリーペーパーの編集者をつとめるヒロインと、妹のパリ旅行に同行した青年が出会うきっかけも、交流を深めていく過程も、ものすごく不自然に思える。その不自然さを補うように懇切丁寧な会話を重ねていくストーリーテリングは、まさしく脚本家としての北川が得意としてきた手法だが、美しい街並を活かしてドキュメンタリータッチを狙う撮影と噛み合わず、主人公2人が懸命に何かを取り繕っているように見える。
だが、もし、それが敢えての演出だったら? 寂しさすら感じなくなっていた女性が、偶然知り合った年下の男性を前に舞い上がっている。とんちんかんな反応をする天然ぶりも、出会ったばかりの彼の前で泥酔するのも計算の内に見えなくもない。若い頃には通用した思わせぶりが、最早痛々しいものとしか受け取られなくなった現実を冷徹に描くという意図が隠されているのかも、と思わせるほど、中山美穂が演じるヒロインの行動はしょっぱい。
それでいて、彼女は外見上は変に若作りをしない。若さに固執しないありのままの姿には本物のフランス女性っぽい潔い美しさがある。その女性がさらけ出す内面とのギャップがあまりにも生々しくリアルだからこそ、踏み込んではいけない本音に触れたような複雑な気持ちがわき起こるのだ。可愛いだけじゃダメだったね……と思わせる、みっともなさ、格好悪さも引き受けた中山の熱演に女優としての気概を感じる。
向井が演じる青年はひたすら彼女を受け入れる、まさに女性にとっての王子様だ。だが、彼らは2人とも臆病で、ずるい。少し大胆に行動してみるのも、3日間という期限付きであることに乗じたものなのだ。3日間がその後にあっさりと“いい思い出”に変わったとしても、それで何が悪い? 彼らの一挙手一投足からは、そんな思いも秘めた大人の奥深さが伝わってくる。
本気のラブストーリーを展開するのは、青年の妹とパリで画家修行中の恋人の方だ。主役2人の物語の合間に挟み込まれる彼らのパートの緊迫感はまるで別の作品のよう。若さというものの眩しさを掬いとり、2組の対比がくっきりと浮かび上がる。といって、どちらが素敵とか、正しいとかでは決してないのだ。設定を額面通りに受け取っても、斜に構えて見ても、興味深い対象となること請け合いの作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『新しい靴を買わなくちゃ』は10月6日より丸の内TOEIほかにて全国公開される。
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