『最終目的地』
明るい田舎の一本道を車がガタゴトと前進していく。この秀逸なオープニングで、すんなりと心地よく映画の世界に誘われ、さすが名匠とうならされる。
『眺めのいい部屋』『モーリス』『ハワーズ・エンド』のE・M・フォスター3部作、カズオ・イシグロ原作の『日の名残り』と、1980年代中頃から90年代前半にかけてのアイヴォリー監督作品は珠玉の輝きを放っていた。異文化や階級社会のなかで葛藤を抱える人々の心の綾を淡い光に彩られた格調高い映像で綴ったアイヴォリー独特の世界観。しかし、2000年に入ってからの『金色の嘘』や『ル・ディヴォース/パリに恋して』などは、それはそれで楽しく見たのだが、無難すぎるというか、記憶に残るものではなかった。やはり年齢には勝てないのか……。その後、良作『上海の伯爵夫人』を経て、御年80歳になろうかというときに撮ったのがアメリカの作家ピーター・キャメロンの同名小説を映画化した本作『最終目的地』だ。
舞台はウルグアイ、自殺した作家の妻、愛人とその娘、作家の兄と親子ほど年の離れた同性のパートナーが辺鄙な土地の屋敷で暮らしているところに、作家の伝記執筆のためにコロラドから若い大学教員がやってくる。屋敷の住人は彼らをつないでいた作家がいなくなった後も、時を止めたまま、無気力と安楽さのために共同生活を送っているのだが、新風のように現れた青年によって、彼らが保ってきたバランスが崩れ始める。しかし、面白いのは、青年も彼らと同種の人間なので、すぐに屋敷の住人となじんでしまうことだ。彼らの共同体に本当の突風をもたらすのは、青年をウルグアイに差し向けた上昇志向の強い恋人なのだった。
登場人物の奇妙な関係を説明する台詞は最低限で、ロマンスも芽生えるけれど派手な出来事は起こらない。それゆえ、映画に真実味を持たせるには俳優たちの演技力がものをいうが、兄役のアンソニー・ホプキンス、その同性のパートナー役の真田広之、妻役のローラ・リニー、愛人役のシャルロット・ゲンズブールは、それぞれ個性が強いながらも調和していて、優しい空気を醸し出していた。そして、青年役のオマー・メトワリーは素直な感じが役にぴったりで、青年の恋人を演じたアレクサンドラ・マリア・ララは曖昧な屋敷の住人をイラつかせる女をリアルに演じ、映画のスパイスになっている。名匠の演出の下、実力のある役者たちがハーモニーを奏でているのを見るのは本当に楽しい。
物語はタイトルが示すように、登場人物の生き方の変化が主題だ。彼らの心の奥底は、「ゴンドラ」に対する想いが表している。幸せの象徴でありながら、いまや朽ち果てて倉庫に放置されているヴェネチアのゴンドラ。これを拒絶する人、塗り替えたいと思っている人。彼らは怠慢と苦悩と変化への欲求が飽和点に達してからついに、自分の心に目を向ける。そんな誰もが持っている弱さと、いつでも船を漕ぎだせるという希望を、アイヴォリー監督らしいセンスで伝えてくれる。(フリーライター・秋山恵子)
『最終目的地』は10月6日よりシネマート新宿ほか全国順次公開
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