『人生の特等席』
2008年の『グラン・トリノ』で俳優引退をにおわせていたクリント・イーストウッドが4年ぶりにスクリーンに帰ってきた。それも自身の監督作ではなく、長年彼の右腕として働き、生涯ただひとりの弟子と認めたロバート・ロレンツの監督デビュー作『人生の特等席』の主演として。
頑固一徹なメジャーリーグの老スカウトマン、ガスが、自身のキャリアを決める最後のスカウトの旅に出る。コンピュータを駆使したデータ野球の隆盛など無視して、自分の足と目を頼りにスター選手を発掘してきたが、肝心の視力に衰えが見え始める。その窮状に手を差し伸べたのは一人娘のミッキーだった。妻を早くに亡くしたガスは幼い娘を連れて仕事に勤しむも、1年で彼女を手放し、親戚や寄宿学校で育った娘と父の間には微妙な距離感が今もある。
素直になれない親子の道中に、かつてガスがスカウトしたもののスター選手になり損ねて他球団のスカウトになった青年ジョニーが加わり、ミッキーとの恋模様あり、各球団が狙う天才打者スカウトをめぐる攻防あり、と物語は多彩だ。
イーストウッドが自身の監督作以外で演じるのは1993年の『シークレット・サービス』以来だという。思えば、その『シークレット・サービス』の頃からイーストウッドは“老人プレイ”を見せていた。大統領専用車に伴走しながら息を切らすシーンを見て、嗚呼、と思ったのが、もう20年近く前。80歳を過ぎると堂に入ったものだ。ちょっとやり過ぎ、と思うくらい、次々と荒技を披露する。日本の高倉健と同世代なわけだが、まさに、男の顔は履歴書。歳を重ねていけばいくほど、それぞれの味わいが出て来る。イーストウッドは眼光鋭く険しい表情なのに、実にチャーミング。厳しさのなかに絶妙な隙を作り、そこはかとないユーモアを漂わせることを忘れない。なんと素敵な役者だろう。
キャリア志向でありながらも父思いの娘の生真面目さと脆さを表現するエイミー・アダムスは見事。ジョニー役のジャスティン・ティンバーレイクも巧い。10代から第一線を歩み続け、日陰なんて知らないはずなのに、どちらかといえば負け組なお人好しの雰囲気をうまく出している。ジョン・グッドマン、マシュー・リラードなど、適材適所の役者の仕事が端正だ。善は善、悪は悪。主人公と同じ側に立つ人々はいろいろ複雑に抱えているが、敵役たちはただただ感じ悪く、単細胞。清々しいほどグレーゾーンがない描き方だ。
イーストウッドの弟子であっても、クローンではない。1から10まですべて説明はしない師匠に較べると、ロレンツは観客に手取り足取り状況を解説し、観客に想像する余地を与えない。だが、そのおかげで、前述の荒技を含め本人監督作では絶対に出てこないようなイーストウッドが見られるのは、ファンとしては楽しい。そして、このわかりやすさ、安心感を、人は無意識に求めてもいるはずだ。良かったね、楽しかったね、と劇場を後にする気持ちよさが味わえる一作だ。
当たり前だが、父親は男で娘は女だ。無条件の愛をだけでは片付けられない差がそこにはある。それを言葉が埋める。徹底的に向き合い、互いの話に耳を傾けようとする。それが人間の親子だ。ちょっと無粋だが、それを怠っては、せっかく人間に生まれた意味がないというものだろう。そして、親子の絆に終始せず、野球映画としてもちゃんと決着をつける律儀さも、愛すべきところだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『人生の特等席』は11月23日より丸の内ピカデリーほかにて全国公開される。
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