未婚者徴兵制の“美しい国”が舞台の意欲作『鈴木さん』
【週末シネマ】第25回ブチョン国際ファンタスティック映画祭や第11回北京国際映画祭などの海外の国際映画祭で映画賞を受賞、第33回東京国際映画祭でも上映され大きな反響を呼んだ日本発のディストピア映画『鈴木さん』が2月4日より公開される。
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物語の舞台は、現人神である“カミサマ”を国家元首にいだく、とある“美しい国”。少子化にあえぐこの街では45歳以上の未婚者は市民権を失うという条例が制定されており、市民権を剥奪されると街を出ていかなければならない。あるいは、軍に入隊し、強制的にお国のために働く道を選ばなければならない。
この街の廃ラブホテルで介護施設を営んでいる未婚のよしこ(いとうあさこ)は、45歳を目前に控え、街から排除される不安を抱きながら、日々、入居者の老婆たちと繰り返される毎日を過ごしていた。市民権を得ることを諦め、街を出るという選択肢もあるが、よしこは入居者たちを見捨てることはできない。そんな中、介護施設に1人の身元不明の中年男性・鈴木さん(佃典彦)が迷い込んでくる。よしこは鈴木さんと“紙の上”だけの結婚をしようとするが…。
なぜ売れっ子芸人が風刺映画に初主演することになったのか
まずもって、連日バラエティ番組に出演している超売れっ子芸人のいとうあさこが、物議を醸すこと必至の風刺映画に初主演することになったのはなぜか。そこのところが気になる。
佐々木想監督は「テレビで拝見して筋の通った方だと感じていました。いとうさんに演じてもらえることによって、よしこが理不尽に排除される社会は、絶対に不幸だと、お客さんにも感じていただけると思ってお願いしました」と語っているが、まさに狙いは的中。いとうあさこが本来持っているであろう芯の強さ、人間としての器の大きさ・包容力といったものが、このアナザーワールドに説得力を持たせているのである。
すっぴん(と思われる)に無造作に結んだ髪。ベージュのおばさん服。なんの飾り気もないはずのいとうあさこの存在感は圧倒的であるが、私たちがテレビでよく見る「笑顔で快活」な彼女はどこにもいない。そう、よしこは一切笑わないのである。
いとうは劇団・山田ジャパンに2008年の旗揚げ時より参加、確かな演技力の舞台女優としての顔も持つ。そんな女優魂に火が付き“笑い所の一切ない”難役に挑んだのかもしれないと想像する。
またうがった見方をすれば、「朝倉南38歳、南、最近イライラする!」という女性の年齢を題材にした自虐ネタで一世を風靡したいとうあさこが、10年後、48歳(撮影が行われた2018年当時の年齢)となってよしこを演じ、年齢によって排除され、結婚を強要される世間に静かに怒っている。そんな風にも捉えられるのである。
理不尽な理想郷にわずかながらも愛の炎が点る瞬間
謎の中年・鈴木さん役の佃典彦は、『半沢直樹』(2020年・TBS)の曾根崎役で見せた“後ずさり土下座”で一躍時の人となったが、劇団B級遊撃隊を主宰、俳優のみならず、劇作家・演出家としても活躍し、その実力は折り紙つきだ。佃が演じるボロボロのスーツ姿の鈴木さんは、ひょうひょうとした悲しみと憂いの中に浮世離れした気品を漂わせている。
そんな芸達者ないとうと佃が、よしこと鈴木さんとなって対峙し、静かに静かに心を通わせる印象的なシーンがある。大学生の時以来、あまりにも久しぶりの「外食」をした鈴木さんは、よしこからのプライベートな質問にとつとつと答えはじめる。このシーンから、理不尽なこの世界にわずかながら愛の炎が点り始めたのを感じた。そしてこの微かな愛はやがて大きなうねりとなって、思いもよらぬ結末へと2人を、観客を連れていくのである。
また、軽トラに乗ったよしこと鈴木さんの姿は、抑えた演技というにはあまりにも自然で、本当にそこに2人が暮らしているかのような、ある種、ドキュメンタリー映像のようなリアリティがあるということも付け加えておく。
さらに、婚活パーティーを頻繁に催し、「美しすぎる国」(どこかで聞いたようなフレーズ…)をうさんくさい笑顔で連呼する市長役には宍戸開。佐々木監督は「宍戸さんの政治に物申すことを恐れない姿勢を知り、政治家の役をお願いしました。お送りした台本を床屋で読んで笑ってくださったようです」とシニカルなキャスティングを裏付ける発言をしていることも、映画を楽しむポイントとなるだろう。
現代日本にも根強く残る排他的な社会通念へのクリティシズムの中に、老人たちへの情、友人や父親への想い、そして破滅を恐れず相手を守ろうとするよしこと鈴木さんの献身を描いた今作は、ディストピア映画でありながら、やはり、究極の愛の物語だと思うのである。(文:うさぎ文体研究所/ライター)
『鈴木さん』は2022年2月4日より全国公開。
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