『塀の中のジュリアス・シーザー』
ふてぶてしい顔、狡猾な顔、威厳に満ちた顔。ひと癖ある男たちの風貌に目が釘づけになる。彼らは皆、重い罪を犯してローマ郊外の刑務所に服役中の本物の長期受刑者。昨年の第62回ベルリン国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞した『塀の中のジュリアス・シーザー』は、彼らが刑務所内で参加している演劇実習(半年間の稽古を経て、所内に一般客も招いて公演)の過程を独特の手法で描く異色作だ。
簡素ながら工夫を凝らした衣裳とセットで力いっぱい演じ、喝采を受けて達成感に満ちた表情の受刑者たちがカラー映像で映し出され、一転モノクロになった画面には半年前、シェイクスピアの戯曲「ジュリアス・シーザー」のオーディションに集まった彼らが登場する。自己紹介を二通りの言い方で披露するのだが、各々の名演にまず唸らされてしまう。氏名、生年月日、出身地、そして父親の名前という情報を「国境で妻との別れを惜しみながら」「強制的に言わされる」というシチュエーションに即した表現で言うのだ。出演者の中には既に刑期を終えてプロの俳優になった者もいる。1人1人のモノローグからそれぞれの背景が浮かび、そこから配役が決まり、稽古が始まる。
といっても、これはドキュメンタリーではない。撮影は全編実際にローマ郊外のレビッビア刑務所で、脚本に沿って4週間という期間で行われた。受刑者1人1人が「ジュリアス・シーザー」の稽古に没頭する自分自身を演じるという構造で、ドキュメンタリーとドラマが一体化した不思議な世界が出現する。陰謀と裏切りが渦巻くシェイクスピア劇の人物と自身が次第に一体化し、稽古中に公私混同でいがみ合う。ドラマティックなモノクロ映像に構図を決めたショット、当意即妙な台詞からも、本作が決して実録ではないことは明白だが、ふとした瞬間にフィクションの裂け目から生身の人間性が飛び出す。その不意打ち感、生々しさは実にスリリングだ。
フィクションとは何か? では、ドキュメンタリーとは何なのか? そんなことを考えさせる問題作を手がけたのは『父/パードレ・パドローネ』や『サン・ロレンツォの夜』でカンヌ国際映画祭の最高賞・パルムドールや審査員グランプリを受賞してきたイタリアの巨匠、タヴィアーニ兄弟。共に80歳を越えてなお、衰えない意欲、斬新な着眼点に感嘆する。(文:冨永由紀/映画ライター)
『塀の中のジュリアス・シーザー』は1月26日より銀座テアトルシネマほかにて全国順次公開される。
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