【週末シネマ】イギリスの名優たちの力まない軽やかさに、演技の本質を知る

2013.02.02

『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』
(C) 2011 Twentieth Century Fox

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『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』

イギリスの俳優は、どんなスターであっても、それ以前に“役を演じる”という技巧に秀でた職人。常日頃抱いているその印象を改めて確認したのが、この『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』だ。

・［動画］『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』予告篇

舞台はインドのリゾート地、ジャイプール。人生も後半にさしかかる時を迎えてなお様々な事情を抱えた男女7人が、“マリーゴールド・ホテルで、穏やかで心地よい日々を”といううたい文句に惹かれてやって来る。偶然にも同じ飛行機に乗り合わせた7人が期待に胸をふくらませて訪れたホテルは、パンフレットの写真の豪華さなど微塵もないボロボロな状態。だが、晴れやかな笑顔で彼らを迎える若き支配人は「将来像を載せたんですよ」と悪びれもせずに言う。

あっけにとられて怒る人、面白がる人、そんなことは意に介さず早速冒険に出かける人。それぞれが受けるカルチャーショックのリアクションの多様さ、人の持つ長所と短所のバランス、そして何より市井の人としての無名性を表現できる名優の力には胸を打たれるばかり。『007』シリーズのM役はもちろん、数々の作品で女王陛下を演じ、これほど権力が似合う人はいないと思えるジュディ・デンチが、本作では長年連れ添った夫を亡くし、初めて1人で生きることに直面した女性を演じている。おっかなびっくりに一歩ずつ踏み出していく姿を“演じ切った”りせず、ふっとそういう女性に“なっている”。力まないその軽やかさに、演技の何たるかを見る思いだ。

環境に順応できずに荒れる妻に辛抱強く寄り添い続ける夫を演じるビル・ナイ、ずっと心の内に秘めてきた過去を追い求める男をデリケートに演じるトム・ウィルキンソン、思わぬきっかけで頑な心を開き、そこから全てが変わっていく孤独な老女を演じるマギー・スミス。誰もが素晴らしくみずみずしい。

彼らを迎える、やる気だけ空回り気味の支配人を演じるのは『スラムドッグ＄ミリオネア』のデヴ・パテル。主人公たちと若い世代が影響し合い、2つの文化と世代が互いを受け容れていく様子は、見ていて本当に幸せな気分になる。監督は『恋に落ちたシェイクスピア』のジョン・マッデン。

長く生きていれば、それだけでも経験にはなる。それでも今日という日を迎えるのは初めてだし、明日は未知のものであることに変わりない。すべてわかり切った顔で生きることなんてできない。いくつになろうと、結局人は未完成のまま。昨日から今日、今日から明日へと変わりながら、ずっとドキドキしながら不安も期待も抱えて過ごしていく。生きることは冒険、だから素晴らしい。（文：冨永由紀／映画ライター）

『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』はTOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中。