先頃発表された第85回アカデミー賞外国語映画賞に輝いた『愛、アムール』は、受賞こそ逃したが、同賞において作品賞、監督賞、脚本賞、そして主演女優賞でも候補となった注目作。静かで満ち足りた日々を送っていた老夫婦の生活が、妻の突然の病によって変化していく様子を描いていく。
・『愛、アムール』が第85回アカデミー賞の外国語映画賞を受賞!
パリに暮らす元音楽教師の夫婦は、住まいこそ趣味のいい家具調度品を揃えた広いアパルトマンだが、外出する際はバスに乗り、買い物は庶民的なスーパー、華美に着飾ることもない慎ましい生活ぶりだ。80代を迎えた2人は一緒にコンサートへ出かけ、家で食事をしながら愛情に満ちた会話を楽しむ。そんな日常が、妻・アンヌが発作を起こして半身不随状態になったことによって一変する。
夫・ジョルジュは退院したアンヌに「二度と病院に戻さないで」と懇願され、それを聞き入れ、車椅子生活になった妻を献身的に介護する。看護師や介護ヘルパーの力も借りる。アパルトマンの管理人夫妻も協力的で、外国暮らしの一人娘も老親を気づかう電話を欠かさない。それでも、いや、だからこそ、誇り高い夫婦は次第に彼らを拒絶し、2人だけの世界に閉じこもっていく。きっと、夫婦の心持ちは何十年来変わっていないのだ。だが、2人はもう若者ではない。アンヌの病状は日に日に悪化し、ジョルジュは心身ともに疲弊していく。
当たり前のように過ごしてきた日常が、いとも簡単に崩壊する。自分たちの力ではどうすることもできない運命と直面する夫婦を演じたのは、『男と女』『暗殺の森』のジャン=ルイ・トランティニャンと『二十四時間の情事』のエマニュエル・リヴァ。フランス映画界の往年の美男美女の枯れた容姿は気高さが引き立つ。体の自由を失い、意思の疎通もままならなくなるアンヌを演じたリヴァは85歳にしてオスカー史上最高齢の主演女優賞候補となった。妻への愛を貫き通すジョルジュの魂の彷徨を静かに演じたトランティニャンの、今にも消え入りそうな心もとない佇まいにも胸をかきむしられる。
脚本も手がけたミヒャエル・ハネケ監督は『ピアニスト』『白いリボン』をはじめとする作品の数々で、人間誰しもが持つ、本人さえ気づかない怪物的な部分をあぶり出してきた。一切の批評も差し込まず、冷淡なまでの客観性をもって、人が最も向き合いたくないものを眼前につきつけてくる。そうした本質は今回も変わりない。ハネケが今回むき出しにしてみせたのは、ずばりタイトルに表れている。愛とは、なんと美しく恐ろしいものだろう。(文:冨永由紀/映画ライター)
『愛、アムール』は3月9日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国公開される。
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