『君と歩く世界』
事故で脚を失くした女性と、彼女に寄り添って共に歩んでいく男性の物語。確かにそうだ。では、お涙頂戴で“泣ける”? 昨年大ヒットした『最強のふたり』のように、ひたすら前向きになれる?『君と歩く世界』は、そのどちらでもないが、その2つの要素を合わせた以上に、心を揺さぶり、躍らせるラブ・ストーリーだ。
・[動画]『君と歩く世界』ジャパンプレミア/マリオン・コティヤール、中谷美紀ほか
南フランスのアンティーブである夜、ナイトクラブで美女がトラブルに巻き込まれる。顔を殴られて鼻血まみれの彼女を、クラブの用心棒が家まで送り届ける。地元のマリンランドでシャチの調教師として脚光を浴びるステファニーと、幼い息子を連れてこの町に流れて来たシングルファーザーのアリ。住む世界が違う2人はこうして出会い、それぞれの生活に戻り、そのまま時が過ぎていく。
2人の再会は、アリの残した番号にステファニーが電話をかけたことで実現する。彼は彼女の身に何が起きたかは知っている。マリンランドのショーの最中、事故に巻き込まれ、彼女は両膝から下を切断していた。それでも彼は悪びれもせず、「元気?」と問いかける。
アリはまるでシャチのよう。大きくて人懐こくて、少しは知性もある荒ぶる魂には、粗野だが、思いやりがある。ありのまま物事を受け容れる度量がある。最初に会ったときから、ステファニーは本能的にそれを察知していたのだ。だからこそ、惨めさを噛みしめる彼女は、彼に救いを見いだした。アリはふさぎ込むステファニーを外に連れ出すと、車椅子の彼女を置いて、通りの向こうに広がる海で勝手に泳ぎ始める。吸い寄せられるように彼女も、アリに介助されて海に入る。そこで大きく変わる。水の中でステファニーが挙げる歓声、シャチに指示を出すように指笛で彼を呼ぶ勇姿に、彼女が生き還ったことを確信する。
やがて、ボクシングの心得のあるアリは非合法の格闘試合の世界に身を投じるが、その凄まじい闘いぶりを目の当たりにしたステファニーの中に新たな感情が涌き上がる瞬間も、ゾクゾクするような高揚感を誘う。原題『De rouille et d’os』とは“錆と骨”の意。殴られて切れた口の中に広がる味のことだ。まさにそんな味わいの、あふれんばかりの生命力が全編を支配している。
ステファニーを演じるマリオン・コティヤールが脚を本当に切断しているわけがない。逞しい体躯のアリを演じるマティアス・スーナーツの激しい格闘も、本当に殴り合っているわけではない。だが、彼らの肉体の何と雄弁なことか。生々しく、官能的で、心をざわつかせる美しさだ。
2人に芽生えた友情とも恋愛とも形容しがたい独特の関係を、ジャック・オディアール監督は異性同士の根本的な感覚の違いをうまく利用しながら描いていく。互いを知り、関係も深まりながら、朝の海辺で2人が交わす会話のすれ違いぶりには、女と男の温度差が如実に現れ、どちらの言い分にも、その受けとめ方にも、いちいち頷かずにはいられない。
格差社会の現実にもふれるユニークなラブ・ストーリーだが、そこにアリの息子・サムの視点が入ることで、おとぎ話のような神秘性も加わる点も見逃せない。幼い子どもの見る夢のように、キラキラと輝きもすれば、恐怖や不安で暗く濁りもする。その一切を隠さずに、彼らが歩く世界には嘘がない。(文:冨永由紀/映画ライター)
『君と歩く世界』は4月6日より全国公開される。
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