まずその肉体に目を奪われる。190センチ近い身長に分厚い胸、丸太のような腕。まるで熊のような体躯なのに敏捷に動く。『君と歩く世界』で、マリオン・コティヤール扮する事故で両脚を失ったヒロイン、ステファニーと出会う無骨な男、アリを演じるマティアス・スーナーツは、言葉ではなく身のこなし、あるいは決して豊かとはいえない表情の微妙な変化で実に多くを語ってみせる。
・『君と歩く世界』ジャック・オディアール監督&マリオン・コティヤール インタビュー
アリは、幼い息子にドラッグの運び屋をやらせていた妻と別れ、息子を連れて南フランスに流れて来た。扱いは荒っぽいが、父性愛はちゃんとある。一方で、目が合っただけの見ず知らずの相手とその場で関係を持つような、本能のまま動くケダモノでもある。極端にボキャブラリーが貧弱で、ろくに会話もできない。
だが、両脚を切断して深い絶望に沈み込むステファニーに接する彼の態度の“正しさ”たるや。同情や憐憫はかけらもなく、事故前の初対面のときと何ひとつ変わらない。それが正解だとわかっていても、実際は誰もそのようには振舞えないものだ。わずかでも嘘が混じれば、すぐにバレてしまうから。それほどまでに繊細な行為をこともなげにやってのける “聖なる俗物”をスーナーツは自然に演じてみせる。
金を賭けた違法なストリート・ファイトの世界に身を投じるアリが、拳ひとつで闘うシーンの暴力性は容赦ないが、同時にあふれんばかりの生命力が漲(みなぎ)り、異様なまでに官能的だ。殴り合い、血しぶきや折れた歯が飛ぶ凄惨さを目の当たりにしたステファニーの心に変化が生じるのも無理はない。人懐こさと、飼いならせない野性をうまい具合に加減するスーナーツの演技には、理性を超越した原初的な部分に訴える魅力がある。言葉に頼らないから、愛情や本能が純粋に浮かび上がる。目には見えないはずの魂を見せてくれる、そんな俳優だ。
今年36歳のスーナーツは、母国のベルギーで、俳優である父親と一緒に8歳から舞台に立ち、数々の映画に出演してきた。2011年の主演作『闇を生きる男』はアカデミー賞外国語映画賞候補に。彼自身も一気に注目を浴びて『君と歩く世界』に抜擢され、同作でフランスのアカデミー賞といわれるセザール賞で有望若手男優賞に輝いた。
母語のオランダ語、フランス語、そして英語も流暢に話す彼は、昨年ハリウッドの大手タレント・エージェンシーCAAと契約、トム・ハーディやノオミ・ラパスと共演する『Animal Rescue(原題)』など、アメリカ映画への出演も続々決定している。優れた肉体に聡明な頭脳、役のなかに自己を沈み込ませる勇気。いい俳優に必要とされるすべてを持つスーナーツの更なる飛躍に期待が高まる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『君と歩く世界』は全国公開中。
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