『藁の楯 わらのたて』
この作品が今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選ばれるとは。批判ではない。昨年は『愛、アムール』、一昨年は『ツリー・オブ・ライフ』が最高賞のパルムドールを受賞する映画祭において、『藁の楯 わらのたて』のような直球ど真ん中のエンターテインメント作が選出されること自体が珍しい。
邦画としては規格外のスケールのサスペンスアクションだ。開通前の高速道路で大量の車両を使った移送シーン、台湾ロケで実現した“新幹線”車内と駅構内でのパニックシーンは、作り手側のハリウッド映画に挑む心意気を感じる。だが、そうしたギミックを見慣れた国際的な観客にとって、邦画にしては健闘している事実も大した意味は持たないだろう。では、本作の何が外国の選者の心に響いたのか。それは、手に汗握るエンターテインメントの裏に隠された、正義と復讐について、あるいは命の重さというテーマではないだろうか。
木内一裕の同名小説を三池崇史監督が映画化する本作は、被害者遺族によって10億円の懸賞金がかけられた凶悪犯を、SP2人を含む警察官5人のチームが福岡から東京へ移送する行程を描く。かつて幼女を暴行殺害し、刑期を終えた直後に再び同じ犯罪に手を染め逃走中の清丸(藤原竜也)は、可愛い孫娘を殺された財界の大物・蜷川(山崎努)が全国紙に出した全面広告によって、欲にかられた日本国民から狙われるはめになる。彼は九州の警察に出頭するが、それは身を守るためであり、自分の犯した罪への反省はない。それどころか、移送チーム5人を挑発する言動を繰り返す。こんな人間のクズを、次々襲ってくる刺客から命がけで守り続けるSPの銘苅(大沢たかお)と白岩(松嶋菜々子)の抱く葛藤が、全編を通してひしひしと伝わってくる。
彼らは意外に人情派で、隙がある。それが三池が本作で目指したという、スーパーヒーローではない、リアルなSP像なのだろう。予想外の事態が矢継ぎ早に起こり、気力も判断力もすり減っていく。その結果、物語が進んでいく。リアリティへのこだわりは心理描写に重きを置かれている。九州から東京まで向かう48時間が過ぎていくなか、常にヒゲが剃り立てのようにすっきりした顔の男たち。瀕死状態でも、言いたいことは必ずすべて言い切って絶命する人たち。リアリズムよりドラマを優先する瞬間がある柔軟な演出は、ときに人間くさい写実的なものになり、様式を貫いて物語を伝える歌舞伎のようにもなる。要は三池ワールドなのだ。
長い長い移動の最終局面に来て、スクリーン上の登場人物たちを見ながら思う。殺してもいい命があるのか? 奪われた命の仇討ちだろうが、懸賞金目当てだろうが、人が人を殺すことに変わりはない。命を奪った者を断罪するどころか、殺人を肯定することになる。それでも、と踏み出す人もいるだろう。それは復讐か、それとも正義なのか? 簡単に答えの出せない人間の業について、深く考えさせられる。(文:冨永由紀/映画ライター)
『藁の楯 わらのたて』は新宿ピカデリーほかにて全国公開中。
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