『愛さえあれば』
アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『未来を生きる君たちへ』や『アフター・ウェディング』、ハリウッドでリメイクされた『マイ・ブラザー』などシリアスなタッチの人間ドラマを作り続けてきたデンマークのスサンネ・ビア監督。彼女の最新作『愛さえあれば』は、これまでと打って変わった軽やかさをまとうロマンティック・コメディだ。悲喜こもごもの人生経験を重ねた大人たちが愛らしい。
ヒロインは、長女の挙式を一週間後に控えた美容師のイーダ。乳がんの治療にひと区切りがつき、ありのままの自分を愛してくれる夫の待つ家へ戻ると……夫と部下の若い女性の浮気現場に鉢合わせしてしまう。夫は「君が病気になって悲しかったんだ」と逆ギレして家出。ショック状態のイーダは、それでも娘の結婚式に出席すべく、式が行われるイタリア南部のソレントへと出発する。気持ちは動転したまま、しかも慣れない一人旅の彼女が、空港で何とも間の悪い出会いをした紳士、それは偶然にも花婿の父でイギリス人実業家のフィリップだった。
絵に描いたようなロマコメ的導入から、夫に裏切られた女性と最愛の妻を亡くして以来独身を貫くハンサムな実業家は、海とレモン果樹園の広がるイタリアの港町で軽く衝突したり、さりげない優しさでいたわり合ったりしながら、少しずつ惹かれ合っていく。
イーダに扮するのは『未来を生きる君たちへ』で主人公の妻を演じたトリーネ・ディアホルム。つらい時でもつい笑顔になり、夫のため、娘や息子の幸せを優先して生きてきた女性をチャーミングに演じる。北欧というと、男女平等の印象が強いが、イーダはまるで日本の昭和のお母さんのようだ。一方、仕事一筋で堅物のフィリップを演じるのはピアース・ブロスナン。隙のないジェントルマンから恋する男へ、という王道の“王子様”役には、これ以上ない適任者だ。
2人を取り巻く両家の家族の群像も多彩だ。身勝手なイーダの夫と浮気相手の調子良さも、父を軽蔑しつつ母や姉のために戦地から駆けつける息子の優しさも、フィリップを何とか振り向かせたい義妹の身もふたもない行動も、どこかしら共感できる。幸せいっぱいなはずの新郎新婦まで心は揺れに揺れて、結婚式当日がやって来る。
つくづく、人間は欲張りだと思う。幸福を追求する貪欲さは果てしない。生きているだけでは足りない。自分を偽らない勇気を持つために、ただ必要なのは愛、というシンプルな事実が胸に沁み入る。(文:冨永由紀/映画ライター)
『愛さえあれば』は5月17日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中。
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