【週末シネマ】金に支配されない自由な精神を貫く84歳、孤高の美しさにただただ感動!
『ビル・カニンガム&ニューヨーク』
今年84歳になるいまも、自転車でニューヨークの街を走り回り、行き交うおしゃれな人たちを撮り続け、「ニューヨーク・タイムズ」紙の人気ファッション・コラムと社交コラムで取り上げるファッション・フォトグラファー、ビル・カニンガムを追うドキュメンタリー。
トレードマークの青い上っ張りは、パリの道路清掃員の制服。夜はその上に工事現場の作業員が着る安全ベストを羽織り、雨の日は安物のポンチョを着て、ひたすら被写体を探し続ける。食べるものにも無頓着、住まいはカーネギーホールの上のアパートだが、狭い室内は仕事の資料が詰まったキャビネットに占領され、その片隅に置かれた簡易ベッドで休息をとる。慎ましい暮らしぶりだが、ビルは常に笑顔で、20歳の青年のようにはつらつとしている。なぜなら、彼は自分の仕事が大好きだから。
60年近くも続けている仕事に、ずっと変わらぬ情熱を持ち続けている。口で言うのは簡単だ。だが、本当にそんな人を見たことがあっただろうか?とビルの生き生きした表情を目の当たりにしながら思うのだ。真剣に仕事に臨む彼の心から楽しげな姿は、それだけで見る者の胸を打つ。
まがい物を鋭く見抜く審美眼の厳しさは恐ろしいほど。肝心なのは服そのもの、誰が着ているのかは問題ではない。だからパーティ会場でドレスアップしたセレブがいても、その着こなしがつまらなければレンズを向けようともしない。「金をもらわなければ口出しされない。金は最も安っぽいもの。自由より価値があるものなんかない」と言い切り、誠実に正直に、ストイックに美学を貫く。
もはや伝説的存在となったいまも、客観的な立場を崩さぬように自らを律する彼の信頼を勝ち取って撮影にこぎつけるまでに、リチャード・プレス監督は8年を要した。その後の撮影期間中も、馴れ合うことはない。だが、撮る者の立場を理解するビルは、節度をもって誠実に接するプレス監督に驚くほど胸襟を開いてみせる。伴侶も持たず、毎週日曜には必ず教会に通いながら、文字通りファッションにすべてを捧げた半生を振り返るとき、思わずエモーショナルな表情になる。その瞬間、こちらは心臓をギュッとつかまれる心地になる。「美を追い求める者は、必ず美を見出す」という言葉を独りで大切に守り続けてきた、その孤高の美しさに、ただただ感動するばかりだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『ビル・カニンガム&ニューヨーク』は5月18日より新宿バルト9ほかにて全国順次公開される。
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