『スタンリーのお弁当箱』
奇跡のように素晴らしい映画。どうかこの一言に賭けて、まずは劇場に足を運んでいただきたい。余計な情報がなければないほど、この作品の良さを味わうことができるからだ。
『スタンリーのお弁当箱』は、インドのムンバイにあるカトリック・スクールに通う男の子たちの物語。みんなを笑わせたり、楽しませることが大好きなスタンリーはクラスの人気者だ。だが、昼休みになると、クラスメートたちがお弁当を広げるなか、彼は教室をそっと抜け出し、水道の水で空腹をしのぐ。どんな事情があるのか、その説明はない。見かねたクラスメートたちは自分たちのお弁当を少しずつスタンリーに分けてあげるようになった。感謝しながら、スタンリーはみんなと楽しい昼食の時間を過ごす。だが、食い意地の張った中年男の国語教師の横やりが入り、生徒たちとこの教師の弁当攻防戦が始まる。
「人のものをとるな」とスタンリーを叱りつけながら、裕福な家庭の生徒の豪華四段重ねの弁当箱の中味が気になって、何とか横取りしようとつけ狙う教師の人物像はほとんどマンガだ。昼休みに職員室で同僚にたかるのはもちろん、早弁をする生徒につられて、自分は同僚の弁当を盗み食いまでする。この“弁当追いはぎ”から逃れようと、スタンリーたちは毎日場所を変えて昼食をとる有様だ。餓鬼と化した教師はとうとう彼らの居場所を突き止め、ホラー映画並みの形相で「弁当を持ってこれない生徒は学校に来る資格がない!」とスタンリーに八つ当たりする。理不尽の極みだが、その言葉を真に受けてスタンリーは翌日から学校を休んでしまう。
インド映画というと、上映時間3時間超は当たり前、主演は大味なスター、突然始まるミュージカルシーン……というイメージがまず浮かぶが、本作は96分で、メインは子どもとお弁当。本作のアモール・グプテ監督の息子でスタンリーを演じたパルソーをはじめ、出演者は皆素人の子どもたちだ。ちなみに、最低の国語教師は監督自身が演じている。インド映画には欠かせない歌とダンスももちろんある。それも通常のインド映画仕様ではない形で登場する。そのパフォーマンスのキーワード「インド 夢の国」が後々、効いてくる。
やがて、スタンリーはついにお弁当持参で登校する。それでも彼の家庭の事情はなかなか明かされない。だが、ずっと学校内だけで展開していた物語が舞台を校外へと移動させると、別の世界が現れる。そこで初めて、スタンリーの境遇が明らかになる。なぜ、お弁当を用意してもらえなかったのか、どうしていつも楽しい話ばかりするのか。気になっていた小さな謎が解き明かされ、同時にインド社会の現実に光を当てる。そこに身を置く健気な少年を通して、誇りをもって生きること、人と何かを分かち合う喜びを静かに伝える傑作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『スタンリーのお弁当箱』は6月29日よりシネスイッチ銀座ほかにて全国公開される。
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