『黒いスーツを着た男』
アラン・ドロンの再来というふれこみの二枚目俳優が主役をつとめる犯罪サスペンス。『黒いスーツを着た男』という邦題はうまくつけたものだ。フランスの男優には珍しい正統派の美青年、ラファエル・ペルソナの影のある美しさは確かにドロンに通じるものがある。
・【週末シネマ】日本人好み? シリアスに徹したヒーロー誕生の物語は見応え十分!
そんな彼が完全犯罪を目論むピカレスク・ロマンかというと、本作は少し違う。自分の犯した罪を隠してワンランク上の世界へ歩を進めようとする主人公、というと、それこそ代表作『太陽がいっぱい』でドロンが演じたトム・リプリーのようだが、本作の主人公・アルはそんな大それた企みなど持っていない。勤め先の社長令嬢との結婚を控え、気の合う仲間同士で独身最後の大騒ぎに繰り出した夜、車を運転中にパリの路上で男性を轢いてしまう。
同乗の仲間たちに促されるまま、アルはその場から車を走らせるが、一部始終をアパルトマンの自室から目撃していた女性・ジュリエットがいた。事故を通報した彼女は翌日、被害者の入院先を訪れる。昏睡状態の彼に付き添う妻・ヴェラと面会し、彼らがモルドヴァからの移民だと知る。一方、アルは新聞の事件報道を読み、被害者の容態を窺うために病院に足を運ぶ。すれ違いざま、見覚えのある黒いスーツ姿に確信を持ったジュリエットは彼の後を追う。
加害者と目撃者、そして被害者の妻。接点などまるでなかった3つの世界(原題『Trois mondes』)の思わぬ交錯はこうして始まる。修理工から次期社長を嘱望される逆玉婚にこぎつけ、約束された未来を守りたい。だが、本来は真面目さと外見の良さだけが取り柄の男は罪悪感に苛まれ、追いつめられていく。
自室の窓から文字通りに高みの見物を決め込むことも出来たはずの目撃者は、進んで加害者と被害者の仲介役を買って出る。医学を学び、恋人と快適な暮らしを送る彼女は、不法就労で搾取されるうえに瀕死の重傷を負った被害者とその妻に同情し、良心の呵責に耐えかねて煩悶する加害者にも心を寄せる。こんなのっぴきならない状況でも、あるいはそんな非常時だからこそなのか、恋愛感情に絡めとられてしまうあたりは、いかにもフランス的。このインテリ女の気まぐれに加害者、被害者ともに振り回されている図は、移民問題や格差社会といった現代のフランスが抱える問題のメタファーとして見るべきだろう。
監督は、エマニュエル・べアール主演作『彼女たちの時間』のカトリーヌ・コルシニ。ジュリエットを『ミステリーズ 運命のリスボン』のクロチルド・エム、ヴェラを『ロルナの祈り』のアルタ・ドブロシが演じる。罪と愛、命の重さ、と社会派なテーマを貪欲に盛り込んだ異色のサスペンス作となっている。(文:冨永由紀/映画ライター)
『黒いスーツを着た男』は8月31日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開中。
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