『許されざる者』
クリント・イーストウッド監督・主演作で、イーストウッドの最高傑作とも言われる西部劇を、日本の北海道を舞台に渡辺謙を主演に映画化。監督は『フラガール』『悪人』の李相日。『許されざる者』の製作が発表されたとき、その無謀な計画に驚いた。オリジナルのストーリーをそのまま北海道に置き換えると聞いて、さらに驚いた。
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明治初期の北海道。かつて幕府側の末端の兵士として戦い、無数の敵を惨殺し、“人斬り十兵衛”として恐れられた釜田十兵衛(渡辺謙)は、幕府敗退後に逃れ落ちた北の寒村でひっそりと暮らしていた。妻を亡くし、幼い子ども2人を育てているが、荒れ果てた土地では農作物も実らず、生活は困窮していくばかり。そこにかつての仲間、馬場金吾(柄本明)が“賞金稼ぎ”の話を土産に訪れる。女郎の顔に傷をつけた開拓民の兄弟に、女郎仲間がなけなしの貯えを集めて賞金をかけたというのだ。忘れ形見である子どもたちを守るため、亡妻との約束──二度と人は殺さない──を破り、十兵衛は錆びついたままの刀を手に旅立つ。
オスカー候補となった『ラストサムライ』以降、着実にハリウッド・スターとしての地位を築き上げた渡辺謙にとっても、『フラガール』『悪人』などで30代にして高い評価を得ている李にとっても、失敗した際に失うものはあまりに大きい。それでも、と挑んだ意義は確かにあった。
渡辺謙は、どうしようもない窮状から全てを呑み込んで“許されざる者”になる覚悟を決めた男の魂の彷徨を見せる。“人斬り”の残忍な本能がほとばしるクライマックスでは、今までにない凄みを感じた。町の警察署長・大石を演じた佐藤浩市はオリジナル版に比べて、わかりやすい悪役に徹している。
李の演出の厳しさには定評がある。本作でも、秋から冬にかけての極寒の北海道で、大物も若手もとことん追い込まれたというが、極限の心理状態に置かれた姿は、虚実を超え、虚飾も振り落とした“人間”というものの本性を見せる。
暴力と蔑みにさらされ、踏みつけられながら必死に生きる弱者の抵抗の描写が強い印象を残す。女郎たち(小池栄子、忽那汐里ら)、そして十兵衛たちと行動を共にするアイヌの若者・五郎(柳楽優弥)の存在が、厳しく残酷な現実のリアリティと同時に、強く生きるという希望を象徴していることが胸を打つ。
オリジナルではない物語に、オリジナルなメッセージが込められた。こういう形での名作再生ならば、“あり”だ。だが、同じ試みに挑戦したとして、このクオリティにたどり着く可能性は万に一つもないと肝に銘じておくべきだ。酔狂の一言で片づけられそうな監督の思いをまともに受けとめたスタッフ、キャスト、そしてオリジナル版の作者の理解。それを一身に背負ってやり遂げた監督の決意。それらが結集して生まれた奇跡が、この『許されざる者』なのだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『許されざる者』は9月13日より全国公開される。
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