驚きに満ちた傑作! カラックス監督とスパークスのケミストリーから生まれたロック・オペラ
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監督自身が登場するオープニングで一気に物語へ引き込まれる
【週末シネマ】どんな作品も唯一無二であることに変わりはないが、それでもやはりこの作品は特別だ。『汚れた血』『ポンヌフの恋人』など80~90年代から現在に至るまで、オリジナリティあふれる映画を作り続けるフランスの鬼才、レオス・カラックスは9年ぶりの新作『アネット』で、アダム・ドライヴァーとマリオン・コティヤールを主演に迎えたロック・オペラを完成させた。
「息すらも止めてご覧ください」とカラックス自らの口上から始まる本作は、彼にとって初の英語作品で、舞台はロサンゼルスだ。
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16歳で映画に没頭し始める前、音楽好きだったカラックスが愛したアメリカのバンド、スパークスの兄弟が原案と音楽を担当する本作は、監督と彼の娘、そしてスパークス兄弟も登場するオープニングの長回しの場面で、現実から物語の中へあっという間に入り込む。観客はカメラが映し出すものを追い続けるだけでいい。
ミュージカルというよりオペラと呼びたいのは、台詞がほぼ全てメロディに乗せた歌になっているから。そしてヒロインのアンがオペラの歌姫だから。
ロサンゼルスで人気のスタンダップコメディアンのヘンリーと国際的に活躍するオペラ歌手のアンは世間の注目を浴びるセレブ・カップルだ。華やかな歌姫と過激で挑発的な芸風のコメディアンは“美女と野人”と囃されている。一見かけ離れているようだが、舞台に立つ2人はどちらも裸に近い無防備な姿で、すべてをさらけ出すように表現する。彼らが惹かれ合うのは必然だ。
古典的なラブストーリーを主演2人が繊細な演技で魅せる
ストーリーは古典的で寓話味もあるラブストーリーだ。
手をつないで森を歩きながら、「私たちはとても愛し合っている」とデュエットする2人には可愛い娘が誕生し、アネットと名付ける。「アン(Ann)」に、フランス語で元の単語の意味を小型化する接尾辞「エット(ette)」を付けた名前だ。だが、その頃から夫婦の関係は揺らぎ始める。共に表舞台に立つパフォーマー同士である2人は名声という厄介な代物をめぐって、エゴや不信に翻弄され始める。
成功を収めていくアンに対して、スランプに苦しむヘンリーは、アンと仕事仲間の指揮者の仲も疑い、嫉妬を深めていく。そんなある日、ヘンリーは妻子を連れて船に乗り、嵐で荒れる海に出る。ヘンリーが抱える妻への愛憎と父親という立場についての不安が、母譲りの歌の才能を開花させた幼い娘アネットの存在によって、思いがけない情景を導き出す。
荒々しくも繊細で卑怯者にもなるヘンリー役のドライヴァー、どこまでも謎めいた美しき歌姫アンをドラマティックに演じるコティヤールからは、劇中の人物と同様に魂の震えが伝わってくるようだ。
娘アネットを子役以外で表現する驚きのスタイルに納得
物語をここで全部明かしても何のネタバレにもならないくらい、映画は驚きに満ちている。これだけオーソドックスな展開を、こんなふうにして見せるのか。生まれて、成長していくアネットを演じるのは子役ではない。父と母が愛玩する娘をああいう形に表現することには得心する。
そんなカラックスの作り上げた世界にも慣れてきたと思っていると、アネットがさらに成長し、父と娘の対峙シーンは、監督のいう通り、息が止まる。
実景で撮って手も加えていない風景さえも幻想的に映る。悲劇的で、同時にとても可笑しい。実験的なアプローチを積極的に試みるカラックスと、ポップな中に風刺を込めるスパークスのスタイルのケミストリーのなせる技だ。
映画好きなスパークス兄弟からのアプローチで誕生した作品
1970年代から50年以上、スパークスとして活動するロン&ラッセルのメイル兄弟は無類の映画愛好家で、かつてフランスの名匠ジャック・タチやティム・バートンとも映画製作の機会があったが、どちらも実現には至らなかった。その経緯にも含めた兄弟の歩みはドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザーズ』(4月8日公開)に描かれている。
『アネット』は、カラックスの前作『ホーリー・モーターズ』の劇中にスパークスの楽曲が流れたことから兄弟がカラックスにコンタクトしたことがきっかけで始まった。キャスティングや資金、スケジュールの問題で何度も延期され、制作発表から完成までにも長い年月を要したが、待った甲斐のある傑作だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『アネット』は2022年4月1日より全国公開中。
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