『潔く柔く』
偉そうなことを言わせてもらえば、及第点というところだろうか。とりあえず、お尻のあたりがむずがゆくてたまらない!ということはなかった。『潔く柔く』はカリスマ的少女漫画家・いくえみ綾の作品の初の映画化で、少女漫画の映画版を見ると掻きむしりたくなるほどむずがゆくなるものだが、本作はそんなことなく、どうかするとじんわり涙が浮かんでくることもあった。世代から言っても私はひと世代上のくらもちふさこ派だから、そんな無責任なことが言えるのかもしれないが。
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原作マンガは数話完結のオムニバス形式で、さまざまな主人公が登場し、幾重にも積み重ねられたエピソードで構成されている。映画化部分は原作のACT.1、ACT.6、ACT.10を抜粋。高校時代に交通事故で幼なじみのハルタを失って心に深い傷を抱えるカンナと、同じく過去につらい経験をした赤沢禄とが出会い、ぶつかり合いながらもしだいにひかれ合っていく姿を描く。
いくえみ綾原作の「潔く柔く」が映画化と聞いたときは、もしや女子版『桐島、部活やめるってよ』なるか⁉︎とつんのめってしまった。まあ、よっぽど練りに練った脚本で、細心の注意をはらいつつ化学反応をおこす奇跡がなければ、うわっすべりなおサムイ作品に陥ってしまうだろう。そこを無謀にチャレンジせず、原作全体通しての主軸でありクライマックス部分を担うカンナのエピソードに絞ってまとめたのは無難だし、当然の選択だ。『桐島〜』の映画部員役・前野朋哉をチョイ役で起用されていることで満足しておこう。
さて、ここで漫画原作の映画版として触れておかないといけないのは、やはり何かと槍玉に上げられるキャスティングだ。だが、やはりギリギリ及第点と言える。ヒロインのカンナ役の長澤まさみはもう少し線の細い繊細さが欲しいところではあるが、放っておけない危うさがきちんと出ている点でカバー。あと、忘れちゃいけない、15才の高校時代も彼女が演じているのだが、危惧していたよりはコスプレっぽいエロさはなく高校生に見える。高校時代と社会人で役者を変えてしまうと、どうしても乗り越えられない過去の傷をを引きずっているという物語の核となる部分が格段に弱くなるので多少の難点はあっても変えなくて正解だ。
禄役の岡田将生は食えない毒っぽさが薄く、彼の純粋な人柄が滲み出すぎだが、彼が映画化のキーパーソンとも言える。禄のキャラクターの複雑性を出せば、もっと尺と化学反応が居るだろう。岡田将生をキャスティングすることによって無難にまとめたかったという意思が伝わってくる。ハルタ役の高良健吾、友人役も中村蒼と顔が濃く、ヘアスタイルが冴えないのは気になるが、心の傷となる印象の強さはあるから、まあいい。
内容はというと、言い出すとキリがないが、まず第一に常日頃から少女漫画というメディアを映画化すること自体が間違いのもとだと思っている。少女漫画というものは“かまってちゃんのくせにかまわれると傷ついてしまう”女子や“不器用だけど女心がわかる、現実には存在しないよ”男子たちが、動きの止まったデッサンの狂った文字通り線の細い画でやりとりしているからこそ成り立つ世界なのだ。それを動画でしかも実写でやられてしまうと、どうにもこうにもお尻のむずがゆさは止まらなくなってしまう。少女漫画が嫌いなわけでなく、むしろ愛しているからこそ、この世界観は壊さないで欲しい、つまり映像化しないで欲しいと思う。そのうえで、今回はお尻がむずがゆくならずに済んだという、最低限だがなかなか超えられないレベルで許せるのだ。
しかし、もっと言えば、少女漫画にはボカシというか外しの美学がある。たとえば、ココ!っていう決めゼリフをうつむいて顔が見えない状態で言わせたり、際たるものは人物が描かれず空にセリフがぽっかり浮かんでいたり、という例の手法だ。人物の表情をはっきり見せるより、逆にドキッとさせて効果的であり、さらに少女漫画に大切なものである雰囲気とオシャレ感が40%も増量されるのだ。
とは言え、これを実写でやるには無理がある。あまりにインパクトが薄くてスルーされるか、文字でないから何を言っているかわからないという事故も想定され、しかもお尻がむずがゆくなるというリスク付き。今回はこれを敢えて実行するわけはなく、役者の表情をはっきり見せ、役者同士を向き合わせ、ぼやかされていた部分に白黒つけている。実際にも設定に矛盾が生じてきたり、思い浮かんだ1つのシーンを膨らませて作ったことが想像できる原作を曖昧にごまかさずに実直に映像化したわけだ。さらに言及すると、忠実に映画化したということだが、ハルタを亡くしたカンナが錯乱するのが原作では保健室だが、映画版では教室であるなど、微妙にドラマチックにわかりやすく上げ底し、輪郭をくっきりと映し出している。
画にしろ人物像にしろ、曖昧でぼんやりとしていてシンプルでなく、つかみどころないのが少女漫画の持ち味だ。この聖域には手を出さず、ありそうでなさそうな骨格を一生懸命に捉えて映像化するのは少女漫画の映画化の正攻法のひとつかもしれない。『パラダイス・キス』も手がけた新城毅彦監督が編み出したワザだろう。長澤まさみ、岡田将生共演、そして斉藤和義が主題歌、というイメージ通り、マジメか!と突っ込みたくなりつつも、どこか垢抜けない誠実さに突っ込みの手を引っ込めてしまう。及第点をあげざるを得ない映画化だ。(文:入江奈々/ライター)
『潔く柔く』は10月26日より全国公開される。
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