「おばさんのエロは気持ち悪い」に奮起、気鋭監督が“おばさん主人公”の映画を作った理由とは?

#MeToo#コラム#中村真夕#性差別#社会#親密な他人

神尾楓珠
『親密な他人』全国順次公開中(アップリンク吉祥寺では5月12日まで上映中)
神尾楓珠
親密な他人

若い女性とおじさんの“おじさんファンタジー”は多いのに…

現在、日本映画界では性暴力問題をはじめとするさまざまな問題が噴出しており、大きな転機を迎えている。そんななか、「改善できることはまだ他にもあるのでは」と指摘するのは、高良健吾デビュー作『ハリヨの夏』(06)やドキュメンタリー映画『愛国者に気をつけろ!鈴木邦男』(20)などで知られる中村真夕監督。公開中の最新作『親密な他人』は、第34回東京国際映画祭に出品されたのをはじめ、今月にはフィンランドのHelsinki CineAAsia Film Festivalで上映されるなど、国内外で高く評価されているが、完成までにはさまざまな“壁”が立ちはだかったという。

そこで、イギリスとアメリカで14年間を過ごし、ニューヨーク大学で映画を学んできた中村監督に、自身の経験から見えてきた日本映画界の現状や課題について話を聞いた。

ヌードシーンに必須なのは… オスカー女優が“より良い撮影”のために訴えることとは?

本作は、行方不明になった息子の帰りを待ち続けるシングルマザーの女とオレオレ詐欺に加担する謎の青年が、恋人とも親子とも言えない不思議な関係に陥る様子を描いた心理スリラー。主演を務める黒沢あすかと神尾楓珠が作り出す息を飲むようなシーンが見どころでもあるが、ここに一つ目の問題があったという。

「企画を持って行くと、男性に『気持ち悪いからおばさんのエロは抜いて欲しい』と言われたこともありました。おそらく男女が逆だったらそんなことは言われないと思うので、これは“おばさんハラスメント”かもと思いました。実際、若い女の子とおじさんの組み合わせで描かれる“おじさんファンタジー”の作品は多いですからね。いくら大人の女性が見られる映画を作りたいと思っても、出資者の方々の志向で決められてしまう難しさを実感しています」と打ち明ける。

事実、現在の日本映画界では、中年女性を中心に描いた作品は数えるほどしかないと言ってもいいだろう。「例えば、フランス映画ならイザベル・ユペールやジュリエット・ビノシュのように年齢を重ねた女優たちが主演を務める作品はたくさんありますが、日本では若い男女かおじさんばかりが主人公。また、女性が“刺身のつま”のように描かれていると感じてモヤモヤしていたので、おばさんが主人公の映画を撮りたいと思うようになりました」

『親密な他人』撮影中の中村真夕監督(中央)

そういった思いは監督のみならず、女優たちのなかにもあると付け加える。「日本では35歳以上になると良妻賢母の役ばかりをオファーされると不満を抱えている女優さんが多いとよく聞きます。黒沢さんのように、幅広い役どころを演じられる多才な方もたくさんいるのに、本当にもったいないですよね。でも、これは映画界だけでなく、社会全体の問題でもあるのかなと。結婚して妻になり、母になると女性としては見られないという男性も少ないので、そういった社会の女性に対する見方が映画にも反映されているのだと思います」

劇中、『親密な他人』の主人公が「圧力鍋の中にいるみたいな気持ちになるの」と話すシーンは印象的であり、その感覚に共感する人は多いだろう。この言葉には、中村監督自身の思いも込められていると明かす。「女性に対しては性差別だけでなく、容姿による差別や、年齢差別があるように思います。それだけでなく、いくつまでに結婚して、子どもを持つべきだという同調圧力のようなものを感じることもあります」

“好きの搾取”がはびこり、仕事の後でギャラ減額も…

また、これまでにさまざまな現場を経験してきた中村監督だからこそ、自身の現場で大事にしていることがあると教えてくれた。

「多くの日本の撮影現場では、時間や予算の関係でリハーサルをあまり行わないと聞き、ちょっともったいないなと感じました。自分の現場では、できるだけリハーサルをやらせてもらって、テーマや役柄について俳優さんたちとお互いの意見交換をする時間を割いてもらうようにお願いしています。その方が、時間がない現場でもスムーズにことが運ぶからと考えるからです。またアメリカでは、俳優と演出する側、両方がメソッドなどの演技・演出方法を学び、“共通言語”を持っているので、コミュニケーションがしやすいなと感じます。ですので自分の現場では、その演出方法を俳優さんたちに説明して、共有するようにしています。俳優さんたちからは『リハーサルで準備出来ると現場ですぐに役に入れるし、待ち時間も少なくてやりやすい』と言っていただいたこともありました」

そのほかにも、中村監督が日本映画界で改善して欲しいと感じているのは、契約や給与に関する問題について。「アメリカは契約社会なので、きちんと契約を結ばないと誰一人として動きませんが、日本では口約束や言い値がほとんど。特に監督は『好きな作品撮れてるんだからお金はいらないよね』と思われがちで、仕事が終わってからギャラを減らされたこともあります。映画を撮らせていただけるとことは大変ありがたいのですが、“好きの搾取”かもと思うときもあります。監督が一番儲からないというか、いまの日本で映画監督としてだけで食べていける人は少ないのではないでしょうか」

映画業界に憧れる人は多いが、そういった問題からやめざるを得ない人も少なくない。しかし、それが続けば才能がある人も集まらなくなり、最終的には映画業界の衰退にも繋がっていく。こういったことは映画業界のみならず、クリエイティブな世界では長年叫ばれていることではあるが、さまざまな問題が明るみになったいまだからこそ、改善できることがあるはずだと痛感させられる。

「アメリカではユニオン(組合)がしっかりしているので、規定時間以上はスタッフみんなに残業手当がつきますし、たとえ使われなくても企画開発にも対価が支払われます。でも、日本だと現場で残業手当が出ることはほどんどありませんし、(企画が)採用されなければどれだけ開発に時間をかけてもタダ働きになることがほとんどですよね。そういった面でも、フリーランスが生きにくいと感じています。また、日本はアジアのなかでも低予算でたくさんの本数の映画を制作しているので、それによってみんなが疲弊しているところはあるのかなと。ジェンダーやパワハラの問題同様に、働く環境の改善は必要かなと思います」

中村真夕監督

そんななか、中村監督がこれからの日本映画界に期待していることも聞いてみた。

「女性監督も増えてきて、応援してくれる男性も増えてきたので、ひと昔前に比べると全体的に女性にとって働きやすい環境になったと思います。変わったところはもちろんあると思います。ただ、その一方で、技術部では優秀なアシスタントの女性はたくさんいるのですが、中々、チーフにはなれないという現状もあります。女性はアシスタントに配置されることが多く、なかなかチーフになれない現状があるとも聞くので、そういった“ガラスの天井”がなくなっていけばいいな、と。このままでは若い世代の女性たちが、『学校では平等だったのに社会に出たら全然違う!』と辞めていってしまうのではないかと危惧しているところです。そういった部分は意識的に変えていかないといけないと思うので、女性がもっと活躍できるようにこれからも声を上げていきたいと考えています」(文:志村昌美/ライター)

『親密な他人』は全国順次公開中(アップリンク吉祥寺では5月12日まで上映中)。