今年も残すところあとわずか。年末年始の休みこそ、じっくり映画を楽しんでもらい、大きな画面と音響に浸ってほしい。そんな願いを込めて、寒い季節でも映画館に足を運ぶ価値のある作品10本をセレクトした。
『ゼロ・グラビティ』
繁雑な日々から一気に非日常の世界へワープさせてくれるのが、サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニー出演の『ゼロ・グラビティ』だ。めくるめく宇宙の壮大さの体感と同時に、不慮の事故で地球との交信も絶たれ、残された酸素もあとわずか、そして宇宙服に護られた身ひとつで無重力空間をさまようという極限状態の緊張感をリアルに味わえる。初めての宇宙飛行での大事故にパニックを起こすヒロインを演じるサンドラ、死の危険が迫るなかでも落ち着きとユーモアを忘れないベテラン宇宙飛行士を演じるジョージ。オスカー俳優2人の名演と最新技術を駆使した3D映像が構築する世界は、かつてないほどのリアリティに満ち、引き込まれて見終わった後に踏み出す第一歩がぎこちなくなるほど。アトラクションを楽しむ感覚と死生観を見つめ直す、その2つが91分という上映時間のなかにぎっしりつまっている。
『ブリングリング』
ハリウッドのセレブたちの自宅に侵入、ブランド品ばかりを狙った10代の素人窃盗団の実話を映画化した『ブリングリング』。『ハリー・ポッター』シリーズのエマ・ワトソンがリーダー格の少女を演じている。インターネットの検索サイトやゴシップ・ニュースを情報源にセレブの住所を突き止め、意外に甘いセキュリティの隙をついて忍び込み、気に入った服や靴、アクセサリーを失敬する。全く悪びれず、戦利品をSNS上で披露する犯人たちの、世間をナメきった態度には怒りを通り越して呆気にとられるばかり。それはおしゃれセレブの筆頭格である監督のソフィア・コッポラも同様のようで、これまでの監督作のように主人公たちに寄り添った視点ではなく、歪んだセレブ信仰という得体の知れない心理への困惑を隠しきれない作りになっている点が面白い。
『ファイア by ルブタン』
セレブにもファンが多い靴の高級ブランド“クリスチャン・ルブタン”。創始者でデザイナーのルブタン氏が演出を手がけ、パリのナイトクラブの最高峰「クレイジーホース」で80日間限定で上演された伝説のショー「Feu(フランス語で火の意)」を3Dで映像化した『ファイア by ルブタン』はセクシーなダンスとルブタンの靴の華麗な競演で魅了する。音楽を担当するのは、『ブルー・ベルベット』『』のデイヴィッド・リンチ。選りすぐりの美女と完ぺきなフォルムの靴、妖艶なサウンド。視覚と聴覚を刺激する官能的な美に酔いしれる。
『鑑定士と顔のない依頼人』
美を追求し続ける男の悲哀を描くのは、『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズや『英国王のスピーチ』の名優、ジェフリー・ラッシュが主演する『鑑定士と顔のない依頼人』。美しい芸術だけを信じる孤独な男と秘密めいた恋を絡ませたミステリー。恋とは無縁に生きてきた凄腕の鑑定士が、姿を隠し続ける依頼人女性に振り回されていく。お仕掛けられた謎が1つひとつ解き明かされ、最後にどんでん返し。余韻の残る結末にはトルナトーレ監督らしさが光る。
『セッションズ』
切なさを噛みしめてちょっとブルーになってしまったら、気分をあげるために『セッションズ』はどうだろう? 首から下が麻痺状態で呼吸障害もある38歳の男性・マークが、若く美しいヘルパーの女性に恋をする。心身ともに彼女を愛したい。そう願う彼はセックス・セラピストの門を叩く。セラピストの女性・シェリルとのベッドインの訓練(セッション)を重ねていくなかで、マークは愛するということ、他者とのコミュニケーションを学んでいく。彼らのやりとりを見ていると、さりげない思いやりの実行がいかに難しく、そしてそれが成功することが、思いやりをかける側にもかけられる側にもどれほどの喜びと救いをもたらすかを思う。それは障害の有無を超えた普遍的なことだ。それぞれ個性の違う人間同士が生きていくということを、ウィットに富んだユーモアでくるみながら描き、清々しい感動を誘う傑作だ。
『ミトン+こねこのミーシャ』
疲れた心を癒す優しさや温かさを求めるなら、1960年代に製作された旧ソ連のストップモーション・アニメの秀作を集めた『ミトン+こねこのミーシャ』がおすすめだ。住んでいた家が取り壊され、居場所がなくなってしまった子猫のミーシャが新築工事に明け暮れるショベルカーやローラー車と交流する様、眠りながら見る夢のシ―ンなど、豊かなイマジネーションがあふれ出す短編4本は『チェブラーシカ』のロマン・カチャーノフ監督によるもの。レトロモダンな意匠、主人公の子猫や少年、少女たちの愛らしさ、人形とは思えない繊細な表現は必見。
(文:冨永由紀/映画ライター)
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