「和製BB」、コケティッシュで媚びない新しい女性像を体現
【名優たちの軌跡】「和製ブリジット・バルドー」と言われて、2022年現在でバルドーはどれくらい通用するだろうか。1950年代から60年代にかけて「BB(ベベ)」の愛称で親しまれ、マリリン・モンローと並ぶセックスシンボルだったフランスの人気女優にイメージを重ねて、デビュー当時の加賀まりこはそう呼ばれていたという。
コケティッシュな表情や仕草が魅力的で、かといって誰に媚びるわけではなく自らの意志で行動する。戦後の高度成長期の日本で、新しい女性像を体現した。
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映画プロデューサーの父、加賀四郎は大映で『刺青』(66年)など増村保造監督作や、日本初の本格ミステリ映画『パレットナイフの殺人』(46年)などを手がけたが、太平洋戦争前の1936年に当時の人気タップダンサー中川三郎と日系2世のジャズ・シンガー、ベティ稲田を主演に迎え、これも日本初と言われるミュージカル映画『舗道の囁き』を製作したことでも知られる。
モダンなセンスを持つ父と母と兄姉という家庭に育ち、小学生の時に『ローマの休日』を見てオードリー・ヘプバーンに感化され、1人で伊勢丹の美容室に行って同じ髪型にしたというエピソードなど、生まれ育った環境に恵まれて豊かな感受性が磨かれていった幸運を感じる。
名監督と作家がスカウト、『涙を、獅子のたて髪に』で映画デビュー
女優デビューは10代だが、父の仕事の縁ではなく、路上でスカウトされたのがきっかけだ。彼女に声をかけたのは松竹の新進監督だった篠田正浩と脚本家でもあった詩人の寺山修司というのも、加賀まりこがいかに魅力的であったか、そして出会いに恵まれていたのかを示す。本人の綴るエッセイ「純情ババァになりました。」によれば、藤木孝主演の『涙を、獅子のたて髪に』(62年)のヒロイン探しに難航していた彼らが「どうしてもこの映画を撮りたい」と出演を懇願するのを意気に感じたという。潔くて人情に厚く、自分に正直に行動する姿勢は、今も変わらない加賀まりこらしさだ。
20歳で休業、単身パリへ。舞台「オンディーヌ」で復帰
再び篠田監督と組んだ『乾いた花』(64年)、時代を超えて今もキュートで奔放な女性像が愛される『月曜日のユカ』(64年)などで人気絶頂だった20歳で早くも一度休業し、渡仏する。実は女優を辞めることさえ考えていたというが、パリで錚々たる芸術家たちと交流して帰国後、劇団四季の舞台「オンディーヌ」に主演し、「女優という仕事にのめり込む」ようになったとエッセイで綴っている。
同じ頃、映画では川端康成原作、篠田正浩監督の『美しさと哀しみと』(65年)に主演している。川端はのちに「私がまるで加賀まりこさんのために書いた様な、他の女優は考えられないような」と絶賛したが、劇中で「妖気があるようにきれいな人」と言われるのも大いに納得できる、激しい純粋さに魅入られる。
川端をはじめ、一流の文化人や芸術家に愛され、彼らから学んだものを糧とし、時分の花をまことの花に育てる加賀まりこは、その後もドラマや映画で常に第一線で活躍し続けている。大作やヒット作へも数多く出演しているが、その中に低予算の珠玉作も少なくない。無報酬で衣装も自前だったという『泥の河』(81年)はわずかな出演シーンだが、大阪の安治川の舟に暮らし、2人の子どものために娼婦をしている女性の哀切を印象深く表現した。
主演作『梅切らぬバカ』では、自閉症の息子を持つ母の深い愛を表現
昨年は久々の主演作『梅切らぬバカ』が公開された。中年になった自閉症の息子の未来を案じるシングルマザー、珠子の愛情深さと凛とした佇まいには円熟してなお、純な本質をそのまま保つ加賀まりこが重なって見える。
現在のパートナーの息子が自閉症でもあることも出演を決めた理由だというが、同作についてインタビューした際に「見終わった方が忠さん(塚地武雅が演じた息子の愛称)のことを好きになってほしいって、そういう風にいつも思っていただけ」と、演じていた時の気持ちを語っていたのを思い出す。同席していた和島香太郎監督とのやりとりからも、江戸っ子らしい洗練と優しさと含羞が言動の端々にうかがえた。
インタビューの際、人生の中で「飽きたなと思うころに、ちょっとざわつく仕事に出会える」と語った加賀。この先も、見る方の心もざわつく新しい魅力を見せてくれるはず。楽しみだ。(文:冨永由紀/映画ライター)
※トップ画像のクレジット:(ヘアメイク:野村博史/スタイリスト:飯田聡子)(衣装協力:プレインピープル〈プレインピープル青山〉)
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