『東京戯曲』は山本政志、山下敦弘、市井昌秀ら第一線で活躍する監督の作品に助監督として参加する一方、自らもインディーズの世界で作品を撮り続けてきた平波亘監督の単独としては初の劇場公開作品だ。
妻から突然「別れよう」と告げられた結婚3年目の若手劇作家が、妻とは別れたくないがあまりに抵抗。一方で、その体験を書きかけの戯曲に反映させ始めるというストーリー。
実はこの物語自身が、自身の20代のときの経験だと話す平波監督が、『東京戯曲』誕生にまつわるエピソードを寄稿してくれた。
〜『東京戯曲』について(『東京戯曲』平波亘監督)〜
「別れたい」と妻から言われたのは、忘れるはずもない2004年のクリスマス。上京から2年目の冬の出来事だった。『東京戯曲』という作品は、そのときから自分と妻が離婚に至るまで過ごした日々を元に映画化している。
僕は2003年の秋に映画監督を志して上京した。もちろん妻も一緒だった。ENBUゼミナールという映画監督や俳優を目指す人たちが集まる学校で学んだ。22歳で就職をして、結婚をして、いわゆる生活の為に生きてきた自分にとって、またそういう学びの庭で新しい仲間が出来たことが、とても楽しかったんだと思う。そんな自分が、どれだけ妻のことを顧みていられたのか。すべては結果が物語っている。学校を卒業して、これから映画を続けていこうと心に決めた矢先の12月25日の出来事が、『東京戯曲』の冒頭のシークエンスにそのまま反映されている。
僕は、妻の心を何とか繋ぎとめようと日々無駄な努力をしていった。正直、押しても駄目、引いても駄目な虚しい時間だった。悲しみに暮れたり、怒りにまかせたり、酒に逃げたり、どうせならこの事を映画にしてやろうと僕はシナリオを書き始めた。しかし、妻に新しい男ができるなど、次から次へと襲いかかってくる現実があまりにも面白すぎて、「勝てない」と打ちひしがれた。結局、何一つ妻にも周囲にも挽回できないまま、2005年8月、離婚が成立した。
それから僕は、いわゆるインディーズをメインに映像制作活動を続けていった。映画祭やイベントに自作を呼んでもらえるようになったり、自分で映画祭を開催したり(映画太郎)、ミュージックビデオの仕事をしたりと、決して楽ではないけど、やりがいのある創作活動は続けてこられた。そんな中、ワークショップ・オーディションで映画を作るという企画に呼ばれた。其処に集まった俳優達を前にして、今こそあの時に書くことができなかったあの話を書こうと思った。自分が体験してきたことを「さらけ出す」ことで、目の前にいる俳優達と向き合うことが出来ると思ったのだ。
とは言え、相変わらずシナリオの執筆は難航した。一番の問題は、自分の中でだいぶ当時の傷が浄化されていたことで、もはや蓄積された悲しみや、鬱屈とした怒りや憎しみをぶつけるようなものには絶対にならないし、したくないと思ったからだ。
離婚の危機に陥った夫婦の話を主軸に、彼らの周囲の人間関係も巻き込む恋愛群像劇にしようと決めた。とりあえず夫婦のエピソードは、自分の元妻との体験談をふんだんに取り入れた。主人公の設定に関しては、映画監督を志す若者のままだと全く芸がないので、演劇の戯曲作家に変更した。それに伴って周囲の登場人物達も、演出家や俳優など演劇界の住人として設定した。余談だが、周囲の人間達のエピソードも「二股された挙げ句に結婚された」など、大体は僕自身が離婚後に体験した恋愛を元にしている。本当に最悪な20代だったと思う。映画にすることで全部完全な笑い話にしてやろうと思った。
そういうわけで、この『東京戯曲』に登場するキャラクターのほとんどは、自分が今まで出逢ってきて、たぶんもう自分のいる世界にはいない人達なのだが、この映画のシナリオを書いて、実際に俳優達を演出して撮影して編集して完成した物を観て、なんて愛おしい人間ばかりなんだと思ってしまった。それは勿論、彼等を演じてくれた俳優達の魅力そのものだと思うし、厳しい製作環境を共に乗り切ってくれたスタッフ達の尽力のおかげである。だから撮影中、僕は主人公夫婦が迎える結末について本当に悩んだ。彼等に現実よりも面白い結末をプレゼントしたくなったのだ。実生活の結婚で自分が迎えた結末は、正直、気に入っていないけど、この映画の結末は本当に気に入っている。だから、みなさん、どうかこの映画をスクリーンで観てください。最高の俳優達とお待ちしています。
『東京戯曲』は3月22日より新宿K’s cinemaでレイトショー公開
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