●オリジナルを忠実になぞらえた吹き替え版
日本でも興行収入が170億円を突破し、記録的なヒットが連日報じられている『アナ雪』。そのヒットの要因としてほぼ結論めいた調子で語られるのが、楽曲のクォリティの高さだ。ロバート(作曲)&クリステン・アンダーソン(作詞)のロペス夫妻によって書き下ろされた8曲のうち、とりわけこの「生まれてはじめて」と“レリゴー”こと「レット・イット・ゴー 〜ありのままで〜」は、作品の二本柱とも言える重要曲。後者はアカデミー「主題歌賞」も獲得し、名だたるディズニー・クラシックスへの仲間入りはすでに確約されたも同然だ。
・前編/『アナ雪』で松たか子&神田沙也加の歌手としての器量を再認識
ロペス夫妻がこの「レット・イット・ゴー」という“超名曲”を書き上げたがために、それを最大限に生かすためにエルサのキャラクター設定や物語自体に変更が加えられ、アンデルセンの原作とは似ても似つかないこの『アナ雪』が出来上がったと言われている。それだけに、このシーンの映像と歌詞と曲の三位一体ぶりはすごい。また、YouTubeにもアップされているこの曲の「25ヵ国語 Ver.」を聴けば分かるように、オリジナル・キャストのイディナ・メンゼルによる歌唱と歌われている歌詞は、可能な限り忠実に、オリジナルのテイストを外れないよう、周到に各国の歌手・言葉に置き換えられている。
●松たか子、圧倒的歌唱の影に見え隠れする夫・佐橋佳幸の影響
日本語吹替版でこの曲を歌う松たか子は、近年『ラ・マンチャの男』や『ジェーン・エア』といったミュージカルに出演して高い評価を得ているが、個人的にはここまで“歌える”人だという認識がなかったので、神田沙也加と同じくらい驚かされた。僕のなかで“歌う松たか子”と言えば、彼女が女優業と並行してやっているシンガー・ソングライターとしてのイメージ。それはどちらかと言えば素朴なアコースティック・サウンドに乗せて等身大の歌を歌うナチュラル系のレパートリーが多かったので、「レット・イット・ゴー」を歌い上げる姿には意表を突かれ、「これ、本当に松たか子?」と訝ってしまうほどだった。
その表現者としてのポテンシャルの高さというか器の大きさには、もちろん神田沙也加と同様に彼女の“血筋”を思わないではいられない。加えてこの人の場合、旦那さんでギタリストの佐橋佳幸の存在も大きいかもしれない、と思う。かの佐野元春をして「日本のポップスの名盤と呼ばれるものをズラッと並べて石を投げたら、必ず佐橋くんの参加作品に当たる」と言わしめる名うてのセッション・ミュージシャンだ。2009年以降、彼女は自身の名前でアルバムをリリースしていないが、ミュージカルの場数を踏んだという実績だけでなく、日々の音楽的なインプットに事欠かない生活そのものも「レット・イット・ゴー」での歌唱に結実しているような気がするのだ。
そう言えば冒頭で触れたご夫婦が終映後、こんな会話をしていた。
夫「エンドロールを見ていて思ったんだけど、あの雪だるま(オラフ)の声を吹き替えているピエール瀧ってのは誰なんだ?」
妻「さぁ……聞いたことないけど、ハーフの方かしら」
確かにディズニー作品に、あの電気グルーヴのピエール瀧が参加するなんて、ちょっと前までは考えられなかった事実。このご夫婦にとっては、そりゃ「誰?」という存在でも仕方ないだろう。
ということで次回は、ピエール瀧をはじめとする『アナ雪』日本語吹替版のキャストにもう少し触れながら、“音楽と映画”の関係、とりわけミュージシャンが役者をやることの面白さについて考えてみたいと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)
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