ついに日本でも興行収入が200億円を突破! そんな『アナ雪』ブームのすさまじさを実感した、先日の某大型レンタルショップでの出来事──。
このタイミングだから2012年のロシア製作CGアニメ映画『雪の女王』も参考に見ておこうとDVDをカウンターに持って行ったところ、「お客様、こちらの作品は例の大ヒットしている“アレ”とは別のものになりますが、いかがなさいますか?」と店員さん。もう完全に、“あー『アナ雪』と間違えちゃったね……残念!”的なテンションだ。10年以上前に同じチェーン店で『ケープ・フィアー』と『恐怖の岬』を一緒に借りようとした時、したり顔で「コレ、おんなじ話っすよ」と言われた衝撃を思い出さずにはいられなかった。その気遣いがあるなら『シリアル・ママ』が“ヒューマンドラマ”に入っていたり『アンタッチャブル』が“アクション”に入っていたりする棚の並びを見直してくれよ、とか思うけれど、「あ、はい。大丈夫です」と、逃げるようにDVDを持って店を出た。どうしてこっちが照れてんだか……。小さな親切と余計なお世話のボーダーって、やっぱり人それぞれで難しいですね。
それはさておき。『アナと雪の女王』日本語吹替版を鑑賞したとき、エンドロールに“アナ=神田沙也加/エルサ=松たか子/オラフ=ピエール瀧”というクレジットが並ぶ図は、個人的にけっこう痛快だった。ピエール瀧もついにここまで来たかと。前回のコラム(https://www.moviecollection.jp/wp/news/detail.html?p=6834)で書いたことの繰り返しになるけれど、その時に劇場で隣に座っていた熟年夫婦がこんな会話をしていた。
夫「エンドロールを見ていて思ったんだけど、あの雪だるま(オラフ)の声を吹き替えているピエール瀧ってのは誰なんだ?」
妻「さぁ……聞いたことないけど、ハーフの方かしら」
まあ、これは『アナ雪』を見に来た大多数の人の思いを代弁する会話だと思う。ピエール瀧は、もちろんハーフではない。詳しいプロフィールはWikipediaや公式サイト(http://www.pierretaki.com)を見てもらえばと思うが、石野卓球とのテクノユニット=電気グルーヴを活動母体とするミュージシャンだ。近年は俳優や声優、ナレーター、ゲームのプロデュース、マンガの原作など、マルチタレントとしか言いようのない多彩な活動を展開している。直近では某アイスクリーム店のCMでベッキーらと並んでアイスを頬張ったり(!)もしていた。
役者としての評価は、“電気グルーヴの〜”という肩書きを必要としないほど、巷では高まっている。1998年『SF サムライ・フィクション』での実質的な役者デビュー時からその存在感はいろんな意味で際立っていたが、昨年の『凶悪』によるリリー・フランキーとの日本アカデミー賞「優秀助演男優賞」ダブル受賞に至っては「ずいぶんエスタブリッシュされちゃったなぁ……」という一抹の寂しさも感じつつ、その受賞も納得の本格的な演技に唸らされた。NHK大河ドラマ『龍馬伝』や『軍師官兵衛』、それに『あまちゃん』などの人気テレビドラマでも出演が増えているので、名前は知らなくても役者として“顔だけは知っている”という人も多いだろう。
『アナ雪』の吹替版はミュージカル畑の役者や声優が大半のキャストを占めていて、アナとエルサ、そしてオラフの3役が、いわゆる“タレント枠”にあたる。いくら役者としての評価が高まっているとは言っても、ディズニー作品で声優としてピエール瀧が選ばれるのは、やっぱりすごい。電気グルーヴ時代からのファンからすれば、ドラミちゃんの声を千秋が担当していることなんて比にならないほどの衝撃かもしれない。インタビューで「ディズニーさんの気が変わらないうちに早く“やろう!”と返事をしようと思った」と言っているくらいだから、本人にとってもサプライズの大抜擢だったようだ。
リリー・フランキーは『凶悪』と同時期に公開された『そして父になる』の両作品で演じたキャラクターの振り幅の広さを高く評価されたが、振り幅という意味ではピエール瀧はもっとすごい。『凶悪』では死刑囚、この『アナ雪』では雪だるまである。この、夏に憧れる雪だるま=オラフが、劇中で「あこがれの夏」という歌を独唱する。ピエール瀧はオリジナル版のジョシュ・ギャッドによるヴォードヴィル調の歌を、違和感なく置き換えられた日本語で朗々と歌っている。前もって教えられなければ、これがあのピエール瀧だと気づく人は、古くからのファンでもなかなかいないだろう。
その“なんちゃってオペラ”的な歌い方は、電気グルーヴの1997年の大ヒットアルバム『A(エース)』に収録された「あすなろサンシャイン」を思い出させたりもする。この曲で彼は本格的なヴォイス・トレーニングを受けてレコーディングに臨んだと言われているが、そんな経験の蓄積を感じさせる、ダイナミックレンジの広い演技&歌唱になっている。
電気グルーヴのライヴでは、基本的に楽器を弾くわけでもなく、富士山やケンタウロスの着ぐるみを着て聴衆をアジテートする役目に回ることが多いピエール瀧。なので、役者として映画に出始めた頃もどちらかと言えば飛び道具的な役が多く、演技そのものよりは存在感がすべてという観があった。それがここ数年で一気に深化し、えも言われぬ“味”をまとい始めている。
今年デビュー25周年ということで、電気グルーヴとしてもハイペースで活動中だ。7月の「FUJI ROCK FESTIVAL ’14」、8月の「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2014 in EZO」「WORLD HAPPINESS 2014」などの大型フェスへの出演が予定されている。40台も後半にさしかかって、ミュージシャンと役者という両輪がますます充実してきたピエール瀧から、今後も目が離せない。(文:伊藤隆剛/ライター)
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