『罪の手ざわり』
なんと凄惨で怒りに満ち、なんと哀しく、そして美しい映画だろう。昨年のカンヌ国際映画祭で脚本賞に輝いたジャ・ジャンクー監督の7年ぶりの新作『罪の手ざわり』は、中国で近年に起きた4つの暴力事件を基に、経済大国への道を邁進する社会の片隅で必死に生きる庶民を描く。
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登場するのは山西省の男、重慶の男、湖北省の女、そして広東省の男。炭鉱の利益を独占する有力者への怒りを爆発させる男、家族には出稼ぎと偽って強盗を繰り返す男、長年の不倫関係と勤める風俗店の客からのセクハラで心身をすり減らせていく女、1つのミスから負のスパイラルにはまっていく青年。それぞれが社会への義憤、孤立、ないがしろにされる尊厳、複雑な人間関係から生じる苦悩を象徴している。理不尽なこともあれば、自業自得の側面もある。彼らを窮地に追いつめていくのも、極限に達した彼らが訴える手段も暴力だ。
猟銃やナイフといった凶器、凄まじい殴打、あるいはプライドを踏みにじる心ない言葉や行為がこれでもかと登場する。目を覆いたくなる生々しさだが、たとえば路上に横転したトラックからあふれ出す大量のトマトの赤、青みがかった冬の雪景色、荒涼とした山間地帯など、ドラマティックな美しさに満ちた風景が鮮烈だ。京劇の音楽や舞台も取り入れ、武侠映画への目配せもある。
映像の美しい作品も、物語が素晴らしい作品もある。大抵はどちらかのためにもう一方がおろそかになりがちだが、ここでは両者それぞれが主張し合い、物語るための映像、見せるための物語として互角に作用している。
監督は今年44歳にして、すでに本作でカンヌ国際映画祭脚本賞、『長江哀歌』でヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞し、その他の作品もカンヌ、ヴェネチア、ベルリンなど主要映画祭で公式上映されている中国映画の若き巨匠。今年のカンヌ国際映画祭では審査員をつとめた。長年、オフィス北野が映画製作に出資し続けてきたことでも知られている。
これまでも中国社会の底辺で虐げられる人々をリアルに描いてきたが、今回は「武侠の目で今の中国を撮った」と言う。登場人物たちは耐え忍ぶだけでなく、激しく抵抗する。5月には広州駅で切りつけ事件が発生し、民族対立に揺れる新疆ウイグルでは暴力事件が相次いでいる。また、中国版ツイッターの微博(ウェイボー)などを通して情報面で劇的な変化も起きている現代中国を活写した本作は、本国では封切り直前に公開中止となり、5月下旬の時点でも公開のめどは立っていないという。(文:冨永由紀/映画ライター)
『罪の手ざわり』は5月31日よりBunkamuraル・シネマほかにて全国順次公開される。
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