“終わることができない”“忘れられない”人たちを描く『とら男』

1992年9月に起きた「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」──。未解決事件のまま2007年に時効が成立したこの事件を追い続けた刑事・西村虎男が本人役で出演した映画『とら男』が、8月6日に公開される。西村は、いきなり第22回TAMA NEW WAVEベスト男優賞を受賞している。このたび監督、キャストのコメントと共に、各界からのコメントが公開された。

村山和也監督は、「みなさんは、人生で一番幸せな時はいつですか?」と問いかける。

「私は、何も心配することなく暮らせて親友も父もおばあちゃんもおじさんも、みんな生きていた小学生の頃です。そんな時代に、ある殺人事件がありました。しかも、よく野球をしていた公園で犯行が起こった事件です。この映画は、そのことなら彼らにも分かるのではという個人的な思いから始まっています。事件を調べていく中で出会った元刑事の西村虎男さんには、本を書いてまで誰かに伝えたかった積年の思いがあります。それを背負って映画を作ることになるわけですが、撮影しながら取材したりと、事件を再捜査するような感覚で作りました。こんな特殊な映画に参加してくれた加藤さんはじめ、役者、スタッフのみなさん、そして亡くなった撮影監督の鈴木イヴゲニには本当に感謝の気持ちしかありません。さまざまな想いの詰まった『とら男』が、この化石のような未解決事件を少しでも動かすことができたらと思います」

主演の西村虎男は、西村虎男は1950年生まれの元石川県警特捜刑事。42年間の警察人生のうち32年間刑事人生を歩き、未解決となった女性女性スイミングコーチ殺人事件捜査を最後に刑事生活を終える。退職後は事件を扱った電子書籍「千穂ちゃん、ごめん!」を書きあげたあとは農園で野菜作りをしながら、細々と執筆活動をしている。次のようにコメントを寄せた。

「映画の世界とは無縁の私が『とら男』の主演として銀幕に? 未だに信じられないような気持ちでいます。村山監督とは、私が警察を退職した後、ある目的を持って出版した電子書籍を通じて知り合い『事件を題材にした映画を作る……』との話は聞いていたのですが、私が出演する映画になるとは夢にも思っていませんでした。3年後に『ロケハンに付き合って欲しい』と言われ、軽い気持ちで撮影場所などの案内をし、その時に初めて私が出演する映画として準備が進められていることを知り、一瞬戸惑ったのですが、村山監督の映画に掛ける熱意と人柄に押し切られ『なるようになれ』との思いでカメラの前に立つことにしました。現場では『かや子』役の加藤才紀子さんに合わせてもらうような撮影で『加藤さんは、やりづらかったのでは?』と思っています。村山監督同様、この映画で『社会の何かが変わるきっかけになれば?」』と思っています」

とら男とバディを組む女子大生・梶かや子を演じた加藤才紀子は、本作品について次のようにアピールした。

「情報過多な時代を生きる中で、誰もが『既に終わった』と思う事柄に対して、『終わることができない』人たちがいます。私が演じた梶かや子という役は、その点に関して強いこだわりを持っているのですが、周りの人は次へ次へと進んでいってしまう。そんな中、とら男さんと出会い、まるで初めて見つけた同志のような気持ちを抱き、未解決事件に深く関わるようになります。撮影中はドキュメンタリーとフィクションの狭間にいるような、なんとも不思議な感覚でした。俳優として、人の人生にここまで関わったことは、後にも先にも『とら男』が初めてで、村山監督との出会いから撮影、完成に至るまで、たくさんの奇跡の連続だったように思います。ぜひ、スクリーンでご覧ください」

風化しそうな事件を風化させないために…

本作品には、各界からも称賛コメントが相次いで寄せられた。

放送作家の鈴木おさむは、考察が尽きない映画と語る。

「どこまでが本当なの? と聞きたくなるこの映画は、フィクションでもなくノンフィクションでもなく。リアルと想像を物語に仕上げる。とら男の終盤に見せた目つき。怖い。これは、新たなエンターテイメントの形であると思う。すごい」

映画評論家の松崎健夫は、『忘れない』ことの意味を可視化させる仕組みに感嘆する。

「フィクションがノンフィクションの側へ越境するのか、それとも、ノンフィクションがフィクションの側へと越境してくるのか。どちらにせよ、“実際の未解決事件”というモチーフに対するナラティブな制約、或いは、表現の制約といった壁を、『とら男』は悠々と飛び越えてゆく。フィクションとノンフィクションとの境界を、まるで“水面”のように千変万化させているのだ。重要なのは、『本当にあったのかどうか?』という真実の在り処ではない。ある事象が、時代の風雪に耐えきれぬまま世の中から忘却されたとしても、いち個人が『忘れない』ことに意味があるのだと考察させている点にある。さらに、いつの間にか観客の脳裏へ“実際の未解決事件”の記憶が刻まれているという、巧妙な罠まで仕掛けられている。そのプロセスを提示することで、『覚えている』ことと『忘れない』こととが似ているように見えて実は全く異なるメカニズムであることをこの映画は可視化させているのだ。こんなアイディア思いつき、製作に動いたなんて、すごい才能だと思う」

映画評論家の森直人は、ジャンルを超えたユニークな作品と述べる。

「殺人事件絡みのミステリー調なのに、ほのぼのムードの異色バディムービー。劇中に混ざるドキュメンタルな感触。ココロに残るのは、とら男さん&かや子さんの『再生と成長』。色んな具の入ったおでんのような、超ジャンル的でユニークな組成の映画。どうやったらこんな味が出せるんだろう!?」

脚本・映画監督の柏原寛司は、本作品の持つリアリティを称賛する。

「この映画の凄さは主人公の元刑事・西村虎男の目力だろう。未解決の水泳コーチ殺人事件を退職後も調べる主人公を、当時本当に事件を担当した刑事本人が映じているのだから、そのリアリティと迫力は半端ではない。リアル『殺人の追憶』といってもいい映画だ」

映画監督の瀬々敬久は、本作品に脱帽したと語る。

「とにかく実在の元刑事“とら男”さんのキャラクター、芝居、いや芝居と言っていいのかさえも分からないリアリティ、それらがとにかくすごい。そして事件にかかわる証言者たちの佇まい、あり方、その場に自分たちが立っていると勘違いするほど迫ってくる。ドキュメントとフィクションの垣根を超えたとか言ってる場合でなく、これは紛れもなく映画として屹立しており、何にもまして、友情と成長と諦念のドラマがシンプルに芯を貫き通しているからこそ出来た離れ業」

前東京国際映画祭ディレクターの矢田部吉彦は「こんな映画、見たことない」と舌を巻く。

「未解決事件の映画化に当たり、実際に捜査にあたった刑事本人が主演するというだけでも驚愕だが、現実とフィクションがメビウスの輪のごとく繋がる展開に惹き込まれずにいられない。真実は、フィクションの中にあるのか、それとも……。鑑賞者は証人だ」

映画アドバイザーのミヤザキタケルは次のように感想を述べた。

「物事に終わりは付き物。しかし、その終わりに納得できなかった時、何をもって“終わり”としたら良いのだろう。終わりなくして始まりなし。心の折り合いもつけられず、過去に囚われたまま生きてきいくのは辛いこと。どう納得するのか、どう折り合いをつけるのか、どう終わらせるのか。自分自身にも思い当たることがあり、とら男の姿から目が離せなかった。あの鋭い眼光が心に焼き付いた」

映画ジャーナリスト・平辻哲也は次のように解説する。

「映画の魅力のひとつは“発見”である。知らない題材、目新しい切り口、見たことがない俳優や監督……。この『とら男』がまさにそれだ。ヒロインは縁もゆかりもない金沢に赴き、「生きた化石」のような元刑事と出会い、遺体に残されたメタセコイアをきっかけに、1992年の女性スイミングプールコーチ殺害事件の捜査を追体験していく。私たち観客はヒロインの目を通して事件を知り、闇を垣間見て、驚愕の事実を知る……。脚本・監督の村山和也は金沢出身の40歳。小さい頃、野球をしていた遊び場が殺害現場になったことに衝撃を受け、事件を過去のものではなく、今の出来事として描いたようだ。その目線は、ヒロインそのままなのだろう。さらに実際に事件を担当した刑事を起用したことによって、圧倒的なリアリティーで物語を引っ張っていく。その西村虎男は、第22回TAMA NEW WAVE ベスト男優賞を受賞したが、元刑事としての居住まいに贈られたものだろう。女性スイミングコーチ殺害事件は発生から25年を経て時効を迎えたが、終わりではない。映画が行き詰まった現実を動かすかもしれない。そんなことを感じさせる力作だ」

これは、ノンフィクションなのか、フィクションなのか?

とら男は、ある事件のことが忘れられないまま孤独に暮らしている元刑事。ある日彼は、東京から植物調査に来た女子大生かや子と偶然出会う。とら男の話に興味を持った彼女は事件を調べ始め、誰からも忘れられた事件はゆっくりと動き出していくことになる──。

西村虎男が当事者本人役で主演し、現実とフィクションの二重構造を軸に、闇に葬られた事件の謎と真実を世間に問う。

『とら男』は、8月6日に公開される。