作品は誰のもの? 宮崎駿×チャゲアス『On Your Mark』を巡る騒動で感じたこと

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『宮崎駿監督作品集』
『宮崎駿監督作品集』

僕自身はCHAGE and ASKAの音楽の熱心なリスナーではないし、もちろん今回の件でASKAの肩を持つつもりもないが、「ASKA容疑者、ついに“SAY YES”!」みたいな報道とかツイートを目にすると、やっぱり複雑な思いを持たずにはいられない。ミドル・オブ・ザ・ロードの宿命と言うべきか、チャゲアスの楽曲は1990年代を通してあらゆる場所、あらゆるメディアで万遍なく“消費”されてきた。これまでは時代のBGMとして高らかに鳴らされることが多かった彼らの音楽が、今後は90年代ジャパニーズポップスの徒花的な扱いをされてしまうのだろうか。

ASKA逮捕の影響で『宮崎駿監督作品集』DVDが発売延期に

5月下旬に報じられた“ASKA逮捕の影響で『宮崎駿監督作品集』DVDが発売延期に”という一連のニュース報道を見て、「ASKAと宮崎監督? なんか接点あったっけ?」と思った人は、けっこうたくさんいたんじゃないだろうか。これは、特典映像に収録されるはずだったスタジオジブリ制作のCHAGE and ASKA『On Your Mark』のプロモーション・フィルムが、急遽『作品集』から外されることになり、その調整作業のために発売が延期となることを伝えるものだったのだが、6分40秒ほどのプロモーション・フィルムという性質上、熱心なジブリファンもしくはチャゲアスファン以外にまで広く知られている作品ではない。僕も『On Your Mark』が「ジブリ実験劇場」として1995年の近藤喜文監督作品『耳をすませば』と同時上映されていた短編、という記憶だけはあったものの、それがチャゲアスの曲のプロモーション・フィルムだということは完全に忘れていた。ただ、本作を高く評価する声は少なくなく、『作品集』への収録を待ち望む人も相当数いたようだ。

今回の報道をきっかけに僕も改めて見直してみたのだが、確かにこれは“なかったこと”にされるにはあまりにもったいない、今こそ見られるべき作品だと強く感じた。内容以前にまず驚かされるのは、映像と音楽の乖離ぶりだ。映像の飛躍と言った方がいいかもしれない。宮崎監督はASKAの書いた歌詞にインスパイアされてはいるものの、まったく寄り添うことなく、独自の世界を切り開いている。公開当時のインタビューで監督は「歌詞をあえて曲解して作った」と話したらしいが、その言葉の通り、この曲本来の意図を掬い上げるつもりは毛頭なかったのではないかと思われる。

で、その内容もまた実験劇場と題されるだけあってかなり刺激的なものだ。そして廃棄された原発施設や武装したカルト教団、装甲車輛に乗った警察など、20年後の現在までもを予見していたかのようなファクターが大量に詰め込まれつつ、解釈は基本的に見た人に委ねられている(ちなみに本作が初上映されたのは95年3月の地下鉄サリン事件の4ヵ月後)。同じシーンが繰り返し現れては別の展開を見せるパラレルワールド的な手法で、何通りかの“たられば”が提示される。翼の生えた少女は何者なのか、チャゲアスの2人をイメージしたと思しき警官コンビは何から彼女を守ろうとしたのかなど、すべての疑問に対して何通りもの答えが用意されているような構造を持っている。

CHAGE and ASKAと言えば「SAY YES」「YAH YAH YAH」くらいの知識しかない僕のようなリスナーからすると、「On Your Mark」の詞作はかなり新鮮だ。“落ちてゆくコインは二度と帰らない”、“流行の風邪にやられた”、“僕らがそれを止めないのは……”と歌うASKAにいろいろ考えさせられるのは今となっては仕方がないが、宮崎監督にこの映像を作らせるだけの奥深さを持った歌詞だと思う。まぁ、古くからのファンからすれば「何を今さら」な指摘かもしれませんが……。

今回の発売延期&収録中止というメーカーの決断は、ジブリファンにとってもチャゲアスファンにとってもたまったものではないだろうが、「作品に罪はない」の一言で片付けられる問題でもない。ただ、本作を見直すほどに、そしてその価値を知るほどに「この作品は誰のもの?」という疑問が持ち上がってくる。ほとぼりが冷めた頃にでも、再度この作品に対して冷静な評価が与えられればと思う。(文:伊藤隆剛/ライター)

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